ドレスと立体音響と
「ドレスの形ですが、私からは流行の型を提示させていただきます。」
そう言って仕立て屋がいくつかのパターンを提示する。
「そうね。ドレスの形にはこだわりがあるわ。ノート様は当日、演奏するのはバイオリンかしら?」
「そうだね……、実を言うと、バイオリンを含めあといくつかの楽器は弾けるんだが、ノート家と言えばピアノが代表的なだからピアノを選ぶ気ではあるよ。」
「そう……、意外でしたわ。でしたら、私はバイオリンかフルートを演奏します。曲調に合わせますが、ノート様はどんなイメージでいらっしゃるの?」
リュクスと仕立て屋はじっとノクチリカの顔を見つめる。
「ノクチリカ嬢はフルートとバイオリンの両方を演奏されるのですね。」
「ええ、他にご要望なら弦楽器なら大抵弾けるわ。ピアノなら人並みには。」
「複数楽器をそこまで?それは……凄いですわ。」
「いえ、趣味程度ですので。上手いと胸を張れるのはそれこそフルートですわ。よく演奏する機会がありますから。」
本当に趣味程度なのだ、私自身、前世の目新しいものが常に触れられる価値観を恋しく思っていた。
だから、ひとつのことを極めるプロフェッショナルになれず、色んな楽器に手を出して飽きないように工夫していただけなのだ。
「ノクチリカ嬢は……こちらの予想を軽々超えていくな。音楽療法の成績がいいのはこの間の合同授業で実感したが、聞きしに勝る腕前だったと思う。さらに複数楽器奏者とは……。そこまで奏者として優秀だと、随分と縁談を申し込まれてるだろう。」
「いいえ、聞かれたら答えますが、聞かれなければ複数演奏できることは答えないので、そんなことは。」
「つくづく思うよ、勿体無い。」
そういって、リュクスは眉尻を下げて微笑む。
「そんな君だから、俺は飽きずに見てられるんだろうな。」
「……?そんなにノート様と話すようになってから時間は経ってませんから、この短時間で飽きられたら困りますよ。」
「はは、手厳しい。
それで、演奏だが、一応厳かな、夜会の始まりに相応しい華々しさは欲しいと考えていたところかな。ノクチリカ嬢は何か候補とかあった?」
「そうですわね、候補と言われると難しいのですけど、今日のワンピース、ありますでしょう?このようなドレープ構造が欲しいのですよね。」
仕立て屋が怪訝そうな顔でノクチリカを見る。
「ドレープ、ですか?確かに流行りでもありますが、何か理由が?」
「ドレスに音を反響させるように魔力を付与して、音を広げたいの。だから、レイヤードでもいいわ。布が多く重なってる方が都合がいいのよね。」
「そんなこと、出来るのでしょうか?確かに魔力は物に纏わせることができますが、これは基本的に楽器にのみです。ドレスでは難しいのでは?」
「いいえ、できますわ。お見せしたほうが早いわね。」
そう言って魔力の循環に意識を向ける。
今、ワンピースに纏わせてる魔力のイメージを塗り替える。
想像するは音の反射。
私から発せられる音が全て増幅され、響き渡るイメージだ。
手元にはフルートを。
美しく磨かれた銀色のフルートが私にしっくりと馴染む。
基本姿勢を取って、滑らかに音を滑らせた。
高く、鋭く、小鳥が鳴くように音を吐き出す。
今まで無音だった空間を切り裂くように、短く、飛び跳ねるように音を出し、ワンピースのドレープ構造にまとわせた魔力で反響させる。
まるで部屋のいろんな位置から音が聞こえるように、魔力の流れを調整し、フルートに囲まれてるかの様に聞こえるように、演奏を重ねる。
前世では、高性能イヤホンの機能に360°から音が聞こえる、といううたい文句を打ち出しているものがあった。
イメージするのはそれだ、今響かせた音の一つ一つを反響させ、違う位置から響かせる。
「――素晴らしい。」
リュクスがため息を吐き、熱っぽくノクチリカを見つめた。
ドレープに付与した魔力を、徐々に反響から吸音へと性質を変える。
最後の1音を高く、伸びやかに響かせ、またノクチリカは静寂を身にまとった。
構えていたフルートを降ろし、2人を見つめる。
「このように、服の構造を重ねていただけると、細かい魔力操作が可能になりますの。もっと言うと、イメージを固く、振動させる方向に固めるので。分厚い布または薄い布がやりやすい。」
そう言って、仕立て屋が提示してくれたパターンを見る。
「だから……理想はこれが近いかしら。」
それはマーメイド状のドレスが基本になっており、胸の下からから徐々に布が重なっていくボリュームのあるドレスだ。
「楽器がなんであれ、今のはできるから、ノート様に合わせて楽器は選ぶつもりで――、ノート様?」
ふと一言も発してないリュクスの方を振り返る。
リュクスはその緑の瞳を熱に浮かされ、頬を赤らめていた。
「ノクチリカ……なんて素晴らしい発想なんだ……。
うちの家は君も気がついてる通り、特別静かにするための工夫を先祖代々している。
しかし、ここまで鮮やかに、思い通りにものに魔力をまとわせ、ひとつの楽器のように操作するなんて、初めて見た。
そして何より、その素晴らしい演奏の腕前!
あぁ。あのとき会った君に、もう一度会いたかっただけなのに。
いまや、君を誰にも取られたくないとすら、そう烏滸がましくも思ってしまうよ。」
「ノート様……?」
「ノクチリカ嬢。俺のことはリュクスと。」
「無理ですわ、そんな、呼び捨てなんて。恐れ多くも。」
「ノクチリカ嬢。お願いだ。君の美しい声で、俺の名前を呼んでほしい。」
「い、いいえ。ですが、ノート様は公爵家ですわ。私のような子爵家のものはそんな軽々しく……。」
「君に、呼んでほしいという哀れな男の願いを叶えてはくれないだろうか。」
いつになく強引なリュクスに、ノクチリカは困惑を隠せない。
リュクスの手が無遠慮に伸び、ノクチリカの腰を引き寄せた。
「ねぇ、お願い。」
「わ――わかりました!リュクス様!離してくださいませ!」
慌てて仰け反りながらノクチリカは叫ぶ。
「そもそも!これも、難しくありませんのよ!
リュクス様もやってみてください!そのジャケットが、シャツが、ひとつ一つが音を反響し、鳴り響くイメージで魔力を使い、演奏すれば同じようなことが絶対にできるわ!」
「ノクチリカ嬢の特殊技能ではないと?」
「ええ!私のお兄様も理屈を説明したら似たようなことをしてきたし、出来ますわ!」
「なら……是非、手取り足取り教えて欲しいな。夜会当日までに。」
「――わ、わかりました!わかりましたとも!!教えます、教えますわ。」
そう強く頷くと、腰にまわっていた手の力が緩む。
ほっとして身を引くと、リュクスは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、ノクチリカ嬢。毎日、放課後、教室を押さえておくから練習しよう。」
圧に気圧されて、放課後に毎日練習する約束をしてしまったことに、ノクチリカは心の中で頭を抱える。
「ええ……、ええ……!分かりましたとも!」
全ては夜会を乗り越えるため、とノクチリカは拳を握りしめた。




