もう一杯の紅茶と重い約束
「ごきげんよう、ノクチリカ嬢。君に話したいことがあって探していたら、素敵な音楽が聞こえてきて驚いたよ。」
椅子に座っている私たちに目線を合わせるように、あのリュクス・ノートが膝を床につく。
「ノート様、おやめください。床に膝をつけるなど!」
慌てて立ちあがろうとした私の手を、リュクスが掴む。
「いいよ、このまま聞いて。
無理に夜会のパートナーに誘ってしまっただろう?父上と母上にパートナーの話をしたら、夜会の衣装をどうするかの話になったんだ。
そこで、ノクチリカ嬢と夜会に出るのは初めてだし、折角だから衣装は私に贈らせて欲しいなと思ったんだ。」
低い位置にあるリュクスの目が、伏せ目がちになる。握られた手が少しだけ強く握り締められたかと思ったら、その手が少しだけリュクスの顔へと近づく。
「……だめ、かな。」
演奏の名残でどこか軽やかな雰囲気だった庭が、リュクスの甘く低い声によって塗り替えられていく。
自然が味方してるかのように、夕方の太陽の光がリュクスを赤く照らし、恥じらう乙女のように頬を染め、しかし自分を魅せることを計算して目線を伏せている男を見て、私は逃げられないことを悟った。
「まぁ……でも、ご迷惑では?いくら子爵家と言えど、ドレスくらい調達できましてよ?」
「えーーー!ノクチリカ、ドレス贈ってもらいましょうよぉ!だって、あのリュクス様がドレスを贈ってくださるんでしょう?勿体無いわよ!私、着飾ってるノクチリカを見たいわ!」
遠慮する私の声をかき消す勢いでユーラの声が響いた。
リュクスに固定されていた視線を慌ててユーラに向ける。
「そうだな、甘えなよ、ノクチリカ。俺とかとパーティーに出席したときの衣装の質と、リュクス様だと違うと思うぞ。初めてのパートナーだと、その辺りの基準を合わせるのも大変だし、一括で準備した方が楽だろ?」
肩をすくめ、エドワードは笑った。
「いや、そうかもしれないけど……!」
「折角だからエドワード、私たちも次の夜会はお揃いの衣装にしましょう?」
「あぁ、いいな。ユーラならなんでも似合うが、俺と同じ衣装だと思うと、俺のパートナーなのが一目瞭然で素敵だと思うよ。」
「エドワード……。」
私の反論は届かず、次の夜会に向けて2人は自分たちだけの世界に入って行ってしまった。
思わず2人を白い目で見る。
何故かこの2人は私に早くいい人を見つけろだのなんだの、両親より口うるさいのだ。
この状況を前向きに捉えてるに違いない、私の気持ちを知った上で!
「ノクチリカ、明日は休日だろう?もし予定が無ければ、うちに来ないか?いつもの仕立て屋を呼ぶ予定なんだ。」
リュクスに手を引かれて、2人から目線を再び戻す。
ここまで援護射撃がでて、誰が断れるのか、腹を括るしかない。
「ご迷惑をおかけしますが、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「勿論、迷惑なんかじゃない。ノクチリカの家に迎えを送るから、14時くらいまでに出かける支度をしてくれると助かる。」
「承知いたしましたわ。お願い致します。」
リュクスは満足気に微笑むと、やっと手を離して立ち上がった。
「みんなのお茶会を邪魔して悪かった。では、ノクチリカはまた明日、2人はまた学校で。今度は俺も、エドワードとノクチリカの演奏を聴かせてくれ。」
「気にしないで、リュクス様。私のノクチリカをよろしくね。」
「気にしないでくれ、俺のノクチリカのこともよろしく頼むよ。」
2人の返事にリュクスは少し目を見開いたのちに、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、では、また。」
「ごきげんよう……。」
軽く一礼をして立ち去るリュクスを見送る。
「ねぇ、2人とも。助けてくれてもよかったわよね?何で見捨てたの……!」
「何を言ってるんだ?ノクチリカ。俺はむしろ助けたと思うんだが。」
「そうよ、ノクチリカ!私たちも心配してたのよ?夜会での衣装、下手なクオリティだと絶対に笑われるわ。リュクス様に懸想してる御令嬢方も、ユーラチカ様だから黙ってただけだもの。
絶対、ノクチリカのこと、気に食わなくて目の敵するわよ。だから、使えるものは全部使って黙らせないと!」
「そうだぞ、俺の幼馴染が馬鹿にされるのは耐えられない。ノクチリカは俺の恩人でもあるし、大切な家族みたいなものなんだから、当然お節介を焼くだろ?
リュクス殿なら安心だな、下手なドレスやアクセサリーは渡さないだろ。
渡すようなら、その程度だということだし。」
「2人とも……心配してくれてるのは有り難いけど、本当に大丈夫だったのよ。この間、お爺様にもドレスを贈ってくださる話になっていたし、今回のノート様の話をしたら奮発してくださっただろうし……。」
2人の友人の、優しさからくる援護射撃に思わず頭を抱える。
「むしろ、どうするのよぉ。」
顔をガバッとあげ、2人の顔を交互に見る。
「ノート家へ向かうことのほうが、夜会よりよっぽど問題だわ……。お父様やお母様に何で言おうかしら……。」
2人は顔を見合わせたかと思うと、そっくりな表情でにっこり笑った。
「大丈夫よ、ノクチリカ。リュクス様ですもの。多分もう、お家にご連絡がいってるわよ。」
「あぁ、リュクス殿の仕事の早さには目を見張るものがある。もう把握してるだろうな、おじさん方は。」
「もう少し……紅茶を飲んでから帰るわ。現実逃避くらい、してもいいわよね……。」
実に綺麗な夕日が、庭を照らしていた。




