駆け抜けるスケルツォ
「私は、何をやらかしてこうなったのかしら……。」
美しく手入れされた庭園を見ながら、痛くもない頭を抑える。
「ノクチリカ、君は自覚のないところでクリティカルを出すからね。」
「そうね、ノクチリカ、貴女は普段は無難に生きてるのに、ふとした時に何故そうなったの?と言った動きをするから。見てて飽きなくて大好きよ。」
そう言ってニコニコ笑ってる2人は仲の良い婚約者同士だ。
名をエドワードとユーラ。
美男美女のカップルで、どっちも親しくしてくれている。
「本当に、私、ノート様とお話ししたことはほとんど無いはずなのよね。業務連絡のために会話をしたことはあったけど……、何に惹かれて私のエスコートをしようなんて思うのかしら。」
何度目かわからないため息をつく。
「まぁ……、ノクチリカ、貴女ってば。一目惚れされた、とか思わないの?」
ユーラは美しく手入れされた手を、その桃色に染まった頬に当てて、小首をかしげる。
同性から見ても可憐なユーラにため息をつくと、言い訳のように口を開いた。
「思うわけないでしょう。彼との初対面の際、正体に気がついてなくてかなり気安く一方的に話して立ち去ったのよ。あっても不敬罪ね。」
そう言って、手元にある紅茶を一口飲む。
最近の流行りはストレートティーらしい、ユーラお気に入りの紅茶は香り高く、ささくれ立っていた心を慰めてくれた。
「……その時のことをずっと覚えてるとか?素敵だわ〜!ノクチリカはいままで恋バナとかしてくれなかったから、これからは恋バナ出来るかもしれないのよね?リュクス様に感謝しないと!」
楽しそうにユーラは微笑みながら、季節のフルーツがふんだんに使われたタルトを口に運ぶ。
このお茶会の出資者は、男性ながらも女子会に出席してるエドワードなのだ。
だから、彼が用意する紅茶もスイーツも、全てユーラの好みに合わせたものになっている。
「……エドワード、貴方はどう思う?どう考えても、ノート様が私を誘う理由ないわよね?」
話を振られなければ、この女子会の会話に参加しようとしないよくできた男は、珍しく曖昧に微笑んだ。
「いやぁ……、そうだな……。」
「なによ?その反応。」
何かを言い渋る様子に思わず聞き返す。
少し視線を彷徨わせたと思えば、エドワードは真っ直ぐこちらを見て断言した。
「ノクチリカは鈍感だから気がついてなかったと思うが、リュクス殿はよくノクチリカのことを見てた……と思うぞ。というか、俺といる時のノクチリカを見てたというか、うん。少なくとも交友関係を気にされていた、んだと思う。」
エドワードにそう言われても、私自身には心当たりもなく、そして当然だが、周りの視線をいちいち確認していないため、心当たりがあっても1ミリもわからなかった。
「よく分からないけど、私の怠慢で回避できなかったということはよく分かったわ。人の機微を気にしなさすぎたのね?」
「まぁ、そうだな。ノクチリカは音楽療法の成績がかなりいいだろ?今日も凄かったじゃないか。俺たちは慣れてるけど、君の音楽は素晴らしい。一度聞いたら忘れないのも頷けるな。もともと注目を集めやすい、という不可抗力もあるが、他人に頓着しないのは美徳であり欠点だな。」
エドワードはこの学園に入学する前からの友人だ。
お互い、王都に住む貴族としてご近所付き合いのようなものをしていたし、お互いの家が開く演奏会には必ず招待されていた。
貴族らしく、エドワードはピアノが上手い。
前世でも、ピアノを習ってる人は比較的多い印象だったが、今世ではそれに拍車がかかっている。
つまり、奏者が多い楽器なのだが、そんな中できちんと上手いのだ。
それがどれだけ価値があるのか、エドワードは分かってない、というか重要視してない節がある。
そんな彼が、私に他者へ鈍感、という評価を下しているのだ。
「貴方に言われると落ち込むわね。」
嫌味っぽく肩をすくめてしまっても仕方ないだろう。
実際、エドワードは演奏が上手いからこそユーラと婚約できている。
貴族の爵位としてはユーラは侯爵家のご令嬢だ。エドワードと私は子爵家。
とてもじゃないが雲の上の存在だが、エドワードはあるお茶会でピアノを披露し、それがユーラとそのご両親の目に留まった。
運のいい男である。
ノクチリカと一緒に演奏の練習をした経験が活きた、とエドワードは言っていたが、モノにしたのは彼自身の努力だ。
「ノクチリカ、楽器の演奏上手いものね。貴女、フルートがメインなのに、弦楽器はほとんど弾けたわよね?夜会ではなんの楽器を弾くの?」
リュクス様はバイオリンだものね!とユーラは楽しそうに笑う。
ユーラ自身はハープをメインで演奏してる名手だ。可愛らしい雰囲気からは想像もできない、人の身長ほどあるハープを愛用している。
彼女とエドワードの合奏はいつ聞いても心が穏やかになる美しいハーモニーなため、親世代からのウケが非常にいい。
この間の入学式も、2人の演奏で始まったくらいだ。
「ユーラに褒められると気分がいいわね。……そうね、目立ちたく無いからフルートにしようかしら。奏者の多い楽器だし、上手く埋もれるだろうし、合わせやすい。」
「フルートね、素敵だわぁ。ノクチリカのフルート、とっても楽しい気分にさせてくれるから、好きよ。」
ユーラは楽しそうに手を合わせる。
「そうだ、エドワードとノクチリカの合奏、また聴きたいわぁ。」
「……合奏?なんの曲のことかしら。」
「あれよ、あれ!とってもテンポが早くて、楽しくなる……、ちょうど一年前かしら、お茶会で演奏してくれたでしょう?」
ユーラが必死に思い出そうとしているが、私自身も言われてもピンと来ない。
毎回、気分に合わせて演奏しているため、定番、いわゆる十八番がはっきりしてないのだ。
「あぁ!アレか。ノクチリカが考えてくれたやつだな。確か、タイトルは駆け抜けるスケルツォ、じゃなかったか?小さい頃、ノクチリカが楽しいやつが弾きたいって言って練習しただろ。」
エドワードが言った曲名を聞いても思い出した、そう言えばそうだ。
確か、ユーラとエドワードの婚約が決まって、エドワードに友人として紹介してもらってから、3ヶ月ほど経った頃だ。
折角だから、普段演奏しない曲をやりたくなって、昔エドワードと練習した曲を披露したんだった。
「よく覚えてるわね、そうだったわ。懐かしい、今弾いてあげましょうか?」
この世界の人々は魔力を持っているのだが、自身の魔力を使って楽器を顕現する。
本人のイメージ力や楽器への理解度、そして魔力の質と量がもろに楽器に反映されるため、多くの貴族は自身がメインで演奏する楽器は一つに絞る。
イメージがブレると不恰好になるから、一つを極める方が上手くいくのだ。
いつも通り、手元にフルートを喚び出す。
エドワードも、愛しい婚約者のおねだりに異論はないようで、手元に鍵盤とペダルのみを喚び出した。
ずいぶん器用なことをしているが、夜会や公的なお茶会じゃないのだ、このくらいでいいだろう。
「じゃあ、ノクチリカ、合図頼む。」
「わかった。いくわよ。――」
高くフルートが鳴り、追いかけるようにピアノが鳴り響く。
ピアノは下を支えるように、フルートは空を突き抜けるように響いていく。
この曲の特徴は楽しさと軽快さの裏にどこか都会的な、知的な雰囲気があることだ。
いくら子供の遊びでも貴族に属する以上、ある程度の品格というものを維持する必要がある。
例えば、いくら懐かしかろうと猫ふんじゃったを弾くわけにはいかない。あの特徴的な歌詞を言わないにしても、音楽というのは演者の気持ちが伝わってしまうものだ。
そこで生み出したのがこの曲だ。
ただ楽しいだけでなく、聞いてる側に品性を与えるように、細かいダブルタンギングを入れ、スタッカートとアクセントで音を立体的にし、音域を広くとった。
自分が演奏していて楽しい、を追求した楽曲だ。
私は小さい頃、どこか前世とは似ても似つかない世界に、とんでもなく嫌気がさしていた。
なにせ、前世ではエンタメコンテンツが無限にあったというのに、その時の快感を覚えたまま、音楽がメインコンテンツの世界になったのだ。
鬱屈を晴らすのもまた、この世界なら音楽しかないのである。
では、やることは簡単だ。
底抜けに明るく、この全てから飛び出したい気持ちを乗せて、難しい曲を弾けるようになるまでストイックに練習すれば、気もまぎれる。
そんな1人遊びに付き合ってくれたのが、エドワードという幼馴染なのである。
あの鬱屈な時期を、エドワードが遊び相手として色々なことにとことん付き合ってくれたから、今の私は吹っ切れているし、そんなエドワードだからこそ、私は彼の幸せを願う。
この曲は、最初は駆け足のような速度で、お互いのリズムを合わせて、弾いて行く。
基本的に音が揃うところは少なく、追いかけるように、お互いが交互に前に出て行くため、弾くのが難しい。
そして、どちらも主役としての技量がなければ、喰われてしまう。
喰われれば曲としての厚みは減ってしまうため、きちんと強弱をつけて弾き分けられる演者以外には、本当に楽しい曲にすることは難しい。
穏やかなパートと激しいパートを交互に演奏していき、最後に2人の1音が重なって、曲が終わる。
2人で揃って、ユーラの方を向き、一礼をすると、ユーラは拍手と共に立ち上がった。
「素敵だわ〜!!2人とも、私がこの曲を以前聴いた時よりも演奏が上手くなっているから、より良さが伝わってくるわね。追いかけるように演奏し合うピアノとフルート。フルートにしか出せない強く吹き抜けるような音と、ピアノが支える広く響きわたる音!なんて贅沢な演奏会なのかしら!それに……なんと言っても、2人の演奏に乗った魔力!ノクチリカの魔力の乗せ方は、いつも音楽を損なわない、実に繊細な操作よね〜!エドワードも素敵だわ、ノクチリカと練習していたからなのかしら、無粋な魔力のゴリ押しは、折角の演奏を掻き消しますもの。」
頬を赤らめて、テンション高く話すユーラに、思わず笑みがこぼれる。
「楽しんでもらえたなら良かった。私もこの曲、大好きなのよ。エドワードと演奏してた幼少期を思い出して懐かしかったし、なにより、難しい曲を弾けた時の快感といったら!簡単な曲じゃつまらない。聴いてる人の心を動かせないなんてナンセンス。弾いてる人間が楽しめなければ意味がない。魔力を乗せる演奏も素敵だけど……、やはり、音楽のメインは音であるべきよ。魔力だけで与えられる快感は、音楽ではないわ。
ふふ、ユーラの提案のおかげでいいお茶会になったわね。」
そう言いながら、手元に召喚していた楽器を解く。
光の粒として消えて行くフルートを一瞥して、またテーブルに戻った。
「その通りだ。ノクチリカの音楽は常に新鮮で楽しい。それが難しい楽曲でも、悲しさがテーマにされていても、演者に演奏後の歓びを感じられる曲だ。勿論、ユーラと弾くのはまた別の感情なんだが……、ノクチリカの曲と演奏は、弾くことの意味、演者としての意義を感じるな。魔力に頼り切るのではなく、メインは音楽だと意識してる人との演奏は楽しいね。」
ピアノを消したエドワードが、そう微笑みながらも椅子に座った。
――あぁ、夜会のことを考えてモヤモヤしていた気持ちがスッキリした気分だ。
「演奏してスッキリしたし、夜会のドレスとかを決めてしまいたいんだけど、2人とも、相談に乗ってくれる?」
そう2人の方を見れば、2人ともが揃って苦笑いをしていた。
2人の目線は上を見ており、なぜか目が合わない。
「どうしたの?後ろに何か――」
そう言いながら振り返れば、逆光のために表情は見えない長身の影。
太陽のような男――リュクス・ノートがいた。
次回更新は6月27日7時です。




