響く主旋律
その一音は、正しく世界を塗り替えた。
メロディナは、ノクチリカ・アルモニア嬢が嫌いだ。
いつも、そんなに難しいことはしてませんのよ、と言う顔で、その多くの者が出したいと願い、しかし届くことができない、そんな音を出す。
いつも私は、彼女の演奏する音楽に勝てない。
ただ技術があるわけじゃない、心に届かせる音楽をノクチリカは自然に弾いている。
だからこそ、この音楽療法の成績は特筆して良く、彼女はいつもクラスでトップの成績だ。
私の視界の真ん中で、彼女は美しい姿勢で立っていた。
いつも彼女はメインで演奏する楽器を固定しないが、バイオリンは久々に見た。
リュクスとの噂話が蔓延る中、ここで下手な演奏をしてみろ、きっとより噂話が派手になり、やっかみを買うだろうが……、だが、私は知っている。
ノクチリカ・アルモニアは、演奏の腕はこと音楽療法においてきっと誰にも負けない。
私は、初めて彼女の演奏を聴いた時に、音楽とはこれだと感じた。
私が人生で膝を折る最初で最後の芸術作品は、彼女の奏でる音楽だと。
固唾を飲み込んで、彼女を見つめていると、反対の青い血のクラスから変な魔力を感じた。
扇で口元を隠しながらも、意地悪く目を細めてるご令嬢が目に留まる。
「(なるほど、魔力を空間に撒くことで、魔力のこもった音を響きにくくしようとしてるわね。)」
こんな空間で演奏をしたら、確実に音の響きは死んでしまうが、そんなことを感じさせず、名前を呼ばれたノクチリカは颯爽と前に出てきた。
ノクチリカはゆっくりと一礼をして、バイオリンをかまえる。
ノクチリカの魔力が空間に広く拡がり、最初の一音がゆっくりと響きわたる。
この部屋の音は、彼女の奏でる音楽ただ一つになった。
妨害の魔力が、ノクチリカの魔力操作によって彼女の一音を反響させるものに変わり、この部屋に彼女の演奏を響きわたらせている。
彼女は、たった一音で、この空間の音を、振動を支配したのだ。
妨害の魔力は性質を変え、音を反響させて、より大きな音へと、より側に聞こえる音へとなり、その音のことしか考えられないようにさせられる。
音が私たちを包み込む。
彼女がバイオリンの弦を滑らせるほどに、聴衆である男性の前に現れた人影がはっきりと形作っていった。
人影は美しい茶髪のご令嬢の形をとり、輪郭がはっきりしていく。
もう、夏も近づく日差しだ。
眩しい日差しに思わず手を翳して影を作る。
私は中庭に足を踏み入れ、誰かの名前を呼ぶ。
どこにいるんだ、出てきなさい。
いるとわかって投げかける言葉には、楽しさが、嬉しさが滲んだ。
そうすると生い茂る薔薇の影から、顔がのぞくのだ。
――こっちよ、お父様!
それを見て、可愛さに頬を緩めながらも、近寄っていく。
ここにいたのか。今日は暑い。あそこで休憩しないか?
そして、中庭を一緒に散歩して、用意していたテーブルについて紅茶を飲むのだ。
光に娘が照らされて、いっとう幸せにそうに微笑む。
――楽しいわね、お父様!
彼女の演奏が、終わっていた。
まるで夢を見ていたような、そんな気分になり、慌てて周りを見渡す。
全員、特に青い血の方々は随分驚いた顔を、人によっては血の気が引いた顔をしていた。
ノクチリカの演奏を見るのが初めてなんだろう。
彼女の演奏は暴力的なまでに、強引に心に寄り添う。
人によっては、寄り添うのではなく心を暴かれたとすら思うだろう。
だが、彼女の演奏が素晴らしいせいで、そんな乱暴さを罵倒できず、ただ泣くことしか出来ないのだ。
チラッと今日の聴衆である男性を見る。
彼は、ただ、呆然と目を見開き、涙を流していた。




