春への宣戦布告
「よっ、聞いたぞ。あのノクチリカ嬢を今度の夜会に誘えたんだってな?」
突然右肩に衝撃を感じたと思えば、面白がってそうな明るい声がする。
短く刈られた赤髪と少し目つきの悪い体格に恵まれた男だ。
「そうなんだ、昼の中庭で誘ったよ。」
そう言って微笑むと、相手は少し顔を引き攣らせる。
「うわ、断らせる気ないな!」
「そう言うなよ、ヴァル。こっちも必死なんだよ。」
軽く肩をすくめて見せれば、向こうも軽く頷いた。
「確かに、一対一で誰も周りにいなければ、気がついたら断られてそうだ。」
ヴァルはノクチリカと同じクラスの、柄の悪い見た目とはそぐわぬ優等生ぶりなのだ。
平等を謳う校風のくせに、成績でクラスを分け、かつ身分の高すぎるものは隔離されたクラスへ行く。
ノクチリカもヴァルも身分自体は申し分ないが、隔離クラス――通称青い血のクラスに行くほどではない。
「ヴァルはいいよな、ノクチリカ嬢と同じくクラスで。私は別のクラスだし、関わることが難しい。強引な手になってしまったから、ノクチリカ嬢がどう思ってるか考えるだけで、少し胸にくるよ。」
思わず拗ねるように言葉を重ねれば、ヴァルは呆れたように笑った。
「ノクチリカ嬢と同じクラスでも変わらないだろうな。彼女、クラスで誰とも分け隔てなく関わってはいるが、特別仲が良いのは、この学園に入学するより前から知り合いの奴らっぽいし。」
ヴァルの言葉に記憶を辿ると何人か心当たりがある。
「あぁ、社交で何回かエスコートしてるところを見たことがある。彼も入学前からの知り合いみたいだね。」
「そうそう、てか、あいつら仲良いよな。別の令嬢と婚約してなかったら、婚約者だと思っちまう距離だ。」
「本当に。……普通に嫉妬してしまうからやめて欲しいんだけど。」
ノクチリカは誰とも分け隔てなく話すが、とくに仲の良い友人らとは、性別など無いかのような振る舞いを見せる時がある。
勿論、常日頃では無く、思わず出てしまった、と言った感じだが、それがまた嫉妬を煽るのだ。
「言っておくが、それ、伝わってるぞ。この前、エドワードに『ノクチリカとは本当に友達なんだよ。』って釘を刺された。」
「うっ、逆にエドワード殿に伝わって、ノクチリカ嬢に伝わらないのは何故なんだ。」
「お前に興味がないんだろ。」
「胸が張り裂けそうだ!」
エドワードに己の狭量が伝わってたことも恥ずかしいが、何よりもノクチリカだ。
彼女は他人からの目線にとんと興味がない。
正しくは「他者の評価に興味がない」に近いように思う。
誰かこっちを見てコソコソ話してたら気になるのが人のサガだと思うのだが、彼女が噂話を気にしているのを見たことがない。
かと言って、自分を客観視出来てないわけでは無く、自己を評価し、自己の中で承認欲求を完結させている。
「ノクチリカ嬢は、多分俺に興味がない……。それどころか、多分彼女は俺のような身分がある人が苦手なんだと思う……。」
思わずため息を吐きながら、ヴァルへ愚痴のようなものを言ってしまう。
「そりゃまた、なんでそう思うんだよ?多かれ少なかれ、人は肩書きに惹かれるもんだ。」
「惹かれないんだよ、"私"に気がついてない時に接してくれたノクチリカ嬢は、もっと気安くて、本当に楽しい人だったんだ。」
――そう、ノクチリカとは以前に一度だけ、関わったことがある。
あれは、今から1年前の春。この学園に入学して1ヶ月経とうかと言う時だ。
新しい人間関係に、新しく関わる人、打算を持って関わってくる人、見目の良さで話しかけてくる人。
出会ってすぐの人間に内面を見て欲しい、というのはあまりにも傲慢だろうが、それでも外見だけで関わってくる人間との会話は気を使う。
少しだけ逃げるように、茜色に染まる中庭にでた。
中庭に行くと、何か音楽が聞こえる。
高位貴族になればなるほど、音楽センスは全ての評価に繋がることから幼少期より教育を受けていることが多い。
例に漏れず、俺自身も詳しく学んでいるから、流行りの曲から伝統の曲まで、聞けばわかるようになっている。
しかし、耳馴染みのない旋律が中庭を支配していた。
演奏の腕が、かなり上手いと聴いていて感じた。
音に魔力を込めて演奏するのが主流の中で、単に音の響きの美しさ、音が落ちるように、時に震えるように丁寧に1音ずつ音を出している。
一旦どんな生徒が――いや、先生かもしれない。
素晴らしい演者を確認したくなり、そのまま中庭に足を進めた。
茜色に染まる中で、空を先取ったような暗い髪色の女子生徒が1人ベンチに座って、ピアノを弾いていた。
女子生徒は鍵盤はちらりとも見ず、空から目を離さない。
空に何か面白いものがあるのかと思って彼女の視線を辿るが、特に何もない。
何を見ているんだろう、と思って少しだけ息を殺して観察していると、彼女と目が合った。
「ごきげんよう。」
挨拶により、演奏が止まってしまったことを残念に思っていたら、こちらに興味がないとばかりに、喚び出していたピアノを解く。
また空を視線を戻す彼女に興味が湧いて、思わず話しかける。
「ごきげんよう、空、何か興味深いものでも見えるんですか?」
そう話しかければ、 こちらを一瞥もせず空に視線を固定したまま返事をする。
「何を興味深いと思うかは人それぞれですわ。私は、空の色の変化を見ていました。この時期の日没の時間は18時半ごろですから。今が1番美しい夕暮れ時なのよ。」
そう言われて改めて空を見ると、確かに色がグラデーションになっていて美しい。
「いつも見ているの?」
「いいえ?今日は目が疲れてしまったから、遠くでも見て癒されようと中庭に出てきました。」
空を見上げていた顔をこちらに向けると、うっすらとだけ微笑んだ。
「貴方も息抜きのためにここにきたのではないのですか?空を見上げれば毎日違う顔を見せるし、何より広大さは心が軽くなりますわ。」
そこまで語ると彼女は勢いをつけて立ち上がる。
「さぁ、こちらの場所は疲れていそうな貴方に譲りますわ、私は十分堪能いたしましたし。」
そうするとスキップする手前のような勢いで2、3歩歩いたと思えば、振り返ってこちらを指さすとイタズラっぽく笑った。
「そう言えば、気をつけた方がいいですわよ、色男。桜に攫われないように、ね。」
その瞬間、夕焼けを背景に笑う彼女の顔がとても可愛く見えて、何を言われたかを理解する前に、彼女が桜の花びらに覆い尽くされる。
強制的に視線が逸らされたかと思えば、夕焼けに照らされた彼女は、こちらに背を向けて立ち去っていった。
呆然としたまま指をさされていた上の方、頭を触ると桜の花びらが数枚落ちてくる。
「……名前を、聞き忘れてしまった。」
何度思い返したか分からない出会いを脳裏に浮かべる。
「出会った時の笑顔が忘れられなくて、なにより、楽器の演奏の仕方が、音楽への愛に溢れてきた。私も音楽を大切にしている彼女なら、きっと話が合うと思ったし……、なにより仲の良い友人に向けてる顔を私にも向けて欲しい。」
「その話聞くの、何回目だと思ってるんだ。全く、ノクチリカ嬢も可哀想に。演者は聴衆を選べない。取り敢えず第一歩おめでとう。嫌われないように頑張れよ!」
いつも明るい友人に励まされながら、睨むように己を照らす夕焼けを見る。
「折角約束を取り付けられたんだ、絶対、ノクチリカ嬢と仲良くなる。」
あの中庭での会話以降、目を合わせることすらしてくれなかった君への、宣戦布告だ。




