悪食な太陽と春の陽気
美しく磨かれた銀色のフルートが私にしっくりと馴染む。
基本姿勢を取って、滑らかに音を滑らせた。
高く、鋭く、小鳥が鳴くように音を吐き出す。
今まで無音だった空間を切り裂くように、短く、飛び跳ねるように音を出し、ワンピースのドレープ構造にまとわせた魔力で反響させる。
まるで部屋のいろんな位置から音が聞こえるように、魔力の流れを調整し、フルートに囲まれてるかの様に聞こえるように、演奏を重ねる。
前世では、高性能イヤホンの機能に360°から音が聞こえる、といううたい文句を打ち出しているものがあった。
イメージするのはそれだ、今響かせた音の一つ一つを反響させ、違う位置から響かせる。
「――素晴らしい。」
リュクスがため息を吐き、熱っぽく私を見つめた。
ドレープに付与した魔力を、徐々に反響から吸音へと性質を変える。
最後の1音を高く、伸びやかに響かせ、また私は静寂を身にまとった。
――そんな風に前世の知識を使って、大衆の前で演奏を披露するはめにはるとは、あの時の私は全く思っていなかった。
ぶくぶくぶくぶくと、ぼわんぼわんと、たまに耳から変な音がすることはないだろうか。
そう、水音みたいな、世界が一瞬遠くなるような音だ。
私はその音を胎内にいた時の音のようだと思ってる。
この2度目の人生で、私は確かに胎内の音を聞いて、覚えているような気がするからだ。
さて、何でそんな厨二病と謗られても文句を言えないようなことを考えてるかというと――、現実逃避である。
「ノクチリカ嬢。聞こえているかな?」
私が人生を2回目だと自認しているから耐えられたが、そうじゃなかったら耐えられなかった。
信じられない数の他人の目線が私を貫かんばかりに刺さる。
「無視されると流石の俺も落ち込むんだが……。」
神が不平等だと感じたことはあるか?私は現在進行形である。
この異常にキラキラしている見た目の、太陽を味方につけてますと言わんばかりの男――我が国の皇族の分家の長男かつ跡取りである、リュクス・ノートはその輝かしい顔を少し顰めてこちらを見下ろしている。
「まぁ、わたくしが貴方様を無視ですか?そんな恐れ多いことは出来ませんわ。何の用事が私にあるのかしら、と少し考えてしまっただけでしてよ。」
「ノクチリカ嬢、君の噂はよく聞くよ。そんな君にお願いがあって声をかけたんだ。」
眉を寄せたまま、お願い、などと口をするのを見て思わず片眉を上げかける。
「まぁ、お願いですか?貴方様ほどの方なら、今ここで願えば誰かが叶えるでしょうに、わざわざ私に?」
「……嫌だということ?」
圧倒的に身分が高い男が、謎に下に出ているという事実に胃が痛い思いをしながら、何でもない顔をする。
「用件をお聞きしますわ。」
一度死んだ記憶があるものの、神だの何だのというのは認識したことが無い。
だが、きっと神様はこのような造形が好きなのだろうな、と目の前の顔を何処か他人事のように眺めていると、知らない間に手を取られた。
「ノクチリカ嬢、私のパートナーになって頂けないだろうか。」
酷く、声が魅力的に響いた。
この世界では、音が音楽が、魔法を使用するトリガーとなる。
高位の貴族ほど、その音楽センスや声の良さは引き継がれているため、顔も良ければ声もいい、といったことが容易に起こるが、それを踏まえても、ひどく甘く響く声だった。
外野からの黄色い悲鳴が耳に刺さる。
キャーキャー言ってる声をよそに、私の耳の奥は、ぶくぶくぽわんぽわん、音がしている。
「今度の学園で行われる夜会、あれで私は君をエスコートしたい。」
そう言ってそっと目を手元に落として顔に影を作る。
太陽が一瞬雲に隠れたような、そんな表情の変化に、湧かない彼のファンはいるのだろうか、と、また絶望を重ねた。
最悪だ。この時期に要件があると言われて警戒しなかった己が、如何に春に酔っていたのかわかる。
人生が2回目といえど、きちんと考えて動かなければ無駄なのだという当たり前のことが、なぜ頭から抜け落ちていたのか。
「このお願い、君は叶えてくれる?」
少しはにかみながら小首を傾げて、下から見上げるように、そう、上目遣いをしながら、リュクスは聞いてくる。
重ねて言おう、最悪だ。
私に断る術も無く、かといって承諾した瞬間にこの悲鳴の主たちがこぞって目の敵にしてくるに違いないのだ。
「私をですか?何故でしょう?」
抵抗を止めるとは、負けを認めることだ。
そう信じて、まるで本当に驚いていますわ、と顔を作って聞く。
顔も音も、全てを驚愕に塗り替えて、嘘なんてかけらも滲ませずに、周りの人間を騙しにかかるしかない。
「私が一方的に、君を好意的に思ってるからだよ。」
「えっ……。」
人生が2回目のくせに、私は生きるのが下手なのかもしれない。
予想とは全く違う答えと、顔を少し赤らめたリュクスに、思わず言葉を失う。
「ええっと、光栄ですわ。でも、ノート様にはいつもエスコートしているご令嬢がいらっしゃるのでは?」
「あぁ!彼女にはちゃんと断りを入れているよ。そもそも、エリーチカは私の再従姉妹だしね。」
そんなことは知っている。社交界の常識だ。
エリーチカ、輝く星と言わんばかりに美しい美少女である。
才色兼美、というのはこの事を言うのだとどこか関心した覚えがある。
人生1回目なのに、よくあんなに上手く生きることが出来るものだ、と。
ミス・パーフェクトな彼女をエスコートして社交界の催しを参加しているのを知っていたからこそ、それをダシに断ろうとしたのだ。
彼女をエスコートしたい男なんて掃いて捨てるほどいるのに、その彼女では無く私を望むなど、悪食もいいところである。
「まぁ……。」
「ダメ、だろうか……?」
ここでダメです、と言えるだけの理由があればいいが、別に将来を約束した人がいるわけでは無い。
私はいつもエスコートは従兄弟や兄、友人とその時に暇な人に頼んでいた。
このお願いを断るだけのカードがないどころか、断ったら角が立つ。
「わたくしでよろしいのでしたら……謹んでお受けいたしますわ。」
もう一度響く悲鳴を背景に、目の前の男は美しく微笑んだ。




