魔力操作とサウンドハック
「共鳴……?」
リュクスは初めて聞く言葉に、思わず眉を顰める。
それを見て、ノクチリカはにっこり、と笑った。
「ええ。やり方を説明いたしますわ。」
そう言ってピアノへと近づき、二つある鍵盤の真ん中――ピアノの中心の前に立ち、両手を広げる。
鍵盤を手で示しながら、滔々と語った。
「私は、他に呼び方がないので、コレを共鳴とよんでいます。
まず、リュクス様は自由に曲をお弾きください。
それに合わせて、わたしも演奏を重ねる形で行います。
リュクス様は普段のように魔力を込めて演奏していただけたら結構です。
私が音を重ねて演奏する時に、魔力の込め方を変えて、重ねた音に込められた魔力全てを支配下に置いて、操作します。
ですので、今回でいえば反響ですわね。
リュクス様は演奏しながら、自身の制服に魔力を込めて見てください。
私は合わせて演奏しながら、リュクス様までの範囲に反響させるように魔力操作して、リュクス様がまとった魔力を変質させます。
そうすると、実際に自分の魔力が動かされる感覚から、どう動かせばこうなるのか、を覚えてもらう――というものを、私は共鳴と呼んでますわ。」
そう言うと、ノクチリカはダンッと右足を強く床に叩きつけて音を鳴らす。
その音が響いた瞬間に、この部屋全部にノクチリカの魔力が均一に散った。
「雑ですが、このように。
案外、魔力とは慣れれば融通を利かせれますの。それを実感していただくわ。」
それを見ていたリュクスは、唖然としたまま、どこか動かされるように口を動かす。
「――あり得ない。そんな操作ができるなら、ノクチリカ嬢、君はもっと……もっと、圧倒できたはずだ。誰の追随も許さず、この国に音楽で君臨できたはずだ。なぜ、それをしない?!」
その言葉を聞いたノクチリカは、パチリ、とひとつ瞬きをした。
「だって、つまらないでしょう。音楽とは、支配も圧倒することも、別に正解じゃないでしょう。そもそも、お願いされたから教えているだけで、面倒なことはしたくありません。
もしこの技術をリュクス様が堂々と使っても、私の名前は出さなくてもいいですわよ。
私はこの国の音楽がより楽しく、飽きさせない進化をしてくれるなら、なんでもいいですわ。
正しい者に使われるなら、きっと良いものが生まれると、信じておりますので。」
話は終わったと言わんばかりに、ノクチリカは鍵盤の片方の前へ行き、椅子に座った。
「リュクス様。私たちは音楽の前には皆、奴隷ですわ。おかけになって。」
「――はは。君は、凄いね。俺は、こうなりたかったと、こうなってみせると、君を見てるとそう思う。」
「ええ。私の小手先の技術なんぞ、簡単に越えれますわ。だからこそ、楽しみにしていますの。リュクス様の演奏する春を。」
リュクスは緑の瞳を潤ませて、ノクチリカに向かって微笑んだ。
「あぁ。君を満足させるよ。」
静かに、ピアノ越しに2人が向かい合う。
リュクスが、低くい一音から始まる、細かく跳ねるような旋律を奏でる。
リュクスが奏でる音には子犬が駆け抜けるような、重さと軽さを両立させた、多くの人に届くように響きを意識した魔力が込められる。
これは有名な課題曲だ。
高等部に上がった時に、必ずテストされる、両手が常に違う動きを要求され、表現力が問われる楽曲である。
「(いい選曲センスだわ。響かせるべきところと、そうでないところが明確な曲。練習するのにちょうど良い。)」
伏せていた目をあげ、ノクチリカも追随するように演奏を始めた。
鍵盤をひとつ押すたびに、一音奏でるたびに、魔力を音に込めるのではなく、波紋のように。
音をトリガーとして、空間に魔力を薄く広く沈めていく。
音が美しく響く、その瞬間!
音をトリガーに、空間にある魔力全てに細かく反響の性質を付与した。
リュクスが魔力をまとわせていた制服は、広がったノクチリカの魔力と共鳴してその性質が変えられる。
響きは、固さだ。
音は振動であり、振動の伝播速度は固い方がよりはやく、大きく伝わる。
その纏った魔力をそのままに、性質としての指向性を強引に決める。
背筋に直接手を入れられてるような、ゾワゾワする感覚にリュクスは思わず指がぶれそうになったのを根性で堪えた。
「(なんだ、これ。知らない感覚だ。
俺が込めた魔力が、俺の意思以外で動いてる。
でも、動かされてる感覚があって――、脊髄を触られてるような。
反射を起こさせられてるような、無理やり熱いものを触らせて手を勢いよく動かされてるような強引さだ。)」
そんな違和感をものともせずに、ノクチリカはどんどん指向性を複雑にしていく。
服に纏っていた魔力にだけ与えてた影響は、だんだん範囲を広げ、演奏自体に込められてる魔力まで含め始める。
空間にただ響くだけだった音も魔力も、わざと空間に広げた魔力を反射板のようにした、固い障害物となった魔力にぶつけにいく。
「リュクス様、わかります?このように、魔力には指向性が、方向性をつけることができるんです。」
そう言うと、今度はうって変わってノクチリカは込める魔力の性質を切り替えた。
「これは、防音の時に使ってた使い方です。さっきまでは、固く、反響させるように命令していたもの、柔らかく、吸収するようにする。」
一気に響きが悪くなった音にリュクスは困惑するように眉を顰めた。
「こんなに変わるのか?
これは……、演奏が上手くいかない人がたまにいるが、魔力の使い方が原因の可能性すらあるな……。」
駆け抜けるようなテンポの良い曲が、防音、吸音の作用で爽快感が一気に減る。
何をやっても綺麗に響かなくなった音に、リュクスは考え込む。
「あぁ。確かにいますわね、ご本人の使い方が無意識に作用している場合とか。でも、皆様あまり意識してないから……、教えることは難しいですし。」
そう言ってリュクスが奏でてる音自体にも影響を伸ばした。
「ノクチリカ嬢!なんだ、これは!」
リュクスは己の弾いてる音が、全く聞こえない――ノクチリカの演奏が、自分と全く同じ音を奏で出したことに恐怖を覚えて声を出す。
その声を受けて、ピアノを見ていた目線をリュクスへと向け、ノクチリカは微笑んだ。
「やろうと思えば、この様に完全に同じ音を出すことだって魔力にはできます。
いま私たちは同じピアノを弾いていますから、より。
込められている音色の違いは演奏者の技術もありますが、魔力の使い方次第で、演奏技術による音の差を完全に合わせることが可能です。
例えば、いま一緒に弾いていて思いましたが、リュクス様滑らかに、優雅な優しい音の出し方をします。
対して私は明確に意図を示して弾いていた。
これの違いは音の立ち上がりの鋭さや、音色つまり、音の波形に出ます。
なので、私が演奏する音に対して、空間に作用させた魔力の反響を弄りました。
私の尖った響きを打ち消し、リュクス様の滑らかな音色へ強制的に同調するように微調整しました。
そうすると音を重ねた瞬間に、私の音がリュクス様の演奏に溶けて、音色が限りなく似るんですよ。」
そう言ってノクチリカは魔力を込めるのをやめる。
「ここまで細かく出来るようになると、魔力を込めずに演奏することもできますわ。
ね、楽しいでしょう?」
「君は規格外だな……。これを独学で?」
「やることが無くて、これくらいしか新しいことが出来ませんでしたの。
やっぱり、音楽は面白いですわね!」
そう言って、楽曲のラストの音を奏でた。
ノクチリカは満足げに、リュクスは無意識に入れていた肩の力を抜く。
「ノクチリカ嬢……、君は本当に……いや。
ありがとう。今から再現してみせるから、違ったらもう一度共鳴して教えていただけないだろうか?」
「――ええ!ええ!お教えしますわ!」
2人の影は楽しそうに音を奏で続ける。
それは日が沈むまで続いた。
タイトルの誤字に今気がついて死ぬほど恥ずかしいです。




