音楽と一生の友達
あれから3日。
移動教室のために廊下を歩きながら、ノクチリカは練習メニューを考えていた。
「(リュクス様はもう魔力操作をかなり細かく出来るようになってる。多分、音のイメージが掴みきれてない――前世で聞き齧ってたおかげで私がイメージできてる、周波数だとか振幅だとか、そう言ったものを詳しく説明できれば、もっと飛躍するはずだ。)」
熱中している、とノクチリカは自分を振り返って笑った。
人に教える、というのを身内以外にするのは、初めてだ。
「(それも、こんなにやる気のある、センスのある人に!)」
そう思ってニヤニヤ歩いていると、肩を叩かれた。
「よっ、ノクチリカ。次は音術歴史学だろ?
俺もだから、一緒に行こうぜ。」
エドワードはそう言いながら、ノクチリカの持っていた荷物を自然に奪って持った。
「あら、エドワード。荷物ありがとう、一緒にいきましょうか。」
ノクチリカはなんだか久々に会う顔だ、と隣に立つエドワードを見上げた。
最近はユーラと並んだ時にかっこいいように、と体を鍛えてるらしいが、その成果が出ているのか、久しぶりにまじまじと見たからなのか、随分とデカくなったように感じた。
「ノクチリカは最近、リュクス殿と放課後練習をしてるだろ?
どうなんだ?」
エドワードの一歩前を歩いていると、雑談として話を振られる。
うーん、と斜め上を見上げながら、ノクチリカは答えた。
「そうねぇ、さすが、噂に聞いた通り演奏技術がそもそも上手い。もっと繊細な魔力操作が出来れば伸びると思っていたけど……。
いま、思ったより成長が早くて、それでいて頭打ちになっているのよね。」
「ふぅん?」
「エドワードたちに教えたのが、幼少期だからかしら?
多分、エドワードは演奏を覚えた頃に私に出会っていたし、頭で考えてなんか、きっといない。
お兄様はどうかしら。あの人は当時14歳だったし……、頭で理解してそうだけど……でも、歳の離れた妹に教えを乞うことのできる、柔軟な人だわ。」
そこまで話して、ノクチリカは一度言葉を止める。
少しだけ声を低く、小さくして続けた。
「きっと、理解しないと進めない、のかもしれない。頭で考えて演奏するタイプは、理解が必要なのだと……、そう思ってきた。」
そう話すと、エドワードは少し苦笑いをしてノクチリカの肩を軽く叩く。
「ノクチリカ。俺は君を心から信じていたし、きっと君のお兄様のクラヴィス様もそうだ。
でも、リュクス様はきっと、ここまで築き上げてきた価値観を破壊されてることだろう。教わったときの年齢が6歳の俺と14歳のクラヴィス様より、16歳であるリュクス様の方が、きっとよっぽど大変だ。」
そういうと、エドワードは足を止めて、ノクチリカを見た。
つられて、ノクチリカも足を止めて、数歩前に出ていた分、振り返る。
「ノクチリカ。
俺は君を、幼少期には音楽の神様とすら思ったことがある。
この世界にはない、新しい音楽を見たい神様が、天から遣わせたのかと。
もちろん、君と話してくうちにそんなのは幻想だと知ったが……。
だから、俺はノクチリカが何を言おうが、何をしようが、心から信じていた。
君が言うことが絶対だと、この世界の全てだと確信していた。」
エドワードは少し寂しげに目を細める。
眩しいものを見るような、手の届かないものを見るような、それでいて、親しげに。
「ノクチリカ。
君は初めて、人として関わって教えているんだ。
神様としてじゃ無く、音楽の天啓を伝える人では無く、ただの努力した、音楽を愛した女の子として。
リュクス様は、君と言う人間が言うこと、君の演奏から垣間見える努力を元に信じている。」
ノクチリカの目に、幼い頃のエドワードが今のエドワードと重なる。
教えたことを鵜呑みにする少年は、確かにノクチリカを疑わず、考えず、ただ享受する少年であった。
ノクチリカは静かに首を振って、口を開く。
「でも、エドワードはきちんと物したわ。
確かにあの頃は、私が教科書のように全て正しくうつってたかも知れないけど……。
エドワード、私があなたと友達でいられたのは、あなたがお兄様と一緒に、きちんと理解してくれたからだわ。
私と言う人間のことも、音楽のことも、否定しなかった。
ありがとう。」
前からずっと思っていたことだ。
私は下手したら、友達なんて1人もできなかった。
前世の記憶のせいで変に大人びていて、娯楽に飢えて音楽に傾倒した。
お兄様も、エドワードも、子どもらしく無い子供を受け入れる度量のある人間であり、私の言うことを頭ごなしに否定しなかった。
「いや……、うん。
そうだね、俺は君の一生の友達として、生きていくよ。
ごめんね、脱線しちゃった。
こんなことが言いたかったんじゃ無くて、リュクス様には、クラヴィス様に教えて貰えば飛躍的にまた伸びるんじゃ無いか、って言いたかったんだ。」
首を振ってひとつ、空気を変えると、エドワードは意外な提案をした。
ノクチリカは思わず、目をぱっちくり、とまばたきする。
「お兄様に?」
「あぁ。君に教わったことをきちんとあの人は言葉にして、検証した上でまとめてる。
きっと、理解の手助けになるし、ノクチリカも教えやすいと思うよ。」
エドワードのアドバイスを聞いて、少し考える。
顎に手を当てて、首を少し捻った。
確かに、あのお兄様であれば、よっぽど理屈っぽく教えれるだろう。
何せ、あの王宮調律師をやっているのだから。
「確かに、お兄様なら上手いでしょうね。私もお兄様に楽器について教わったから、その教え方の分かりやすさは理解してるつもりだけど……、お時間取れるかしら。」
そう、1番の問題は時間だ。
王宮調律師は、花形と言われる職だが、当然やり甲斐と労働時間は比例する。
その懸念を言葉にするノクチリカに、エドワードは、ひとつ、間を置くと笑い始める。
止めていた足を動かして、教室に向かいながらも笑うエドワードに、ノクチリカは困惑しながら小走りに追いついた。
「ちょっと、何笑ってるのよ!」
「ノクチリカ、君、冗談だろ?
あんなにクラヴィス様に優先されてるノクチリカのお願いだぞ?
時間なんて、あの人が作らないわけないだろ!」
「……そうかしら……?」
「あはは!君、本当に人間に興味持った方がいいぞ!親友からの忠告だ!」
「もう、そんなに笑わなくても……!
ふふ、でも、そうね!私の親友が言うなら、考えてみるわ!」
そう2人でコロコロ笑いながら、移動教室へと入って行った。




