春を魅せつけろ
迷子に、かける言葉が出てこない。
少し目を伏せて、考え込む。
そっと、リュクスのもとへと足を進めた。
美しいピアノの前でリュクスは座っている。
魔力を練って、バイオリンを一つ、顕現した。
「ノクチリカ嬢……?」
無言で隣に座って、バイオリンをかまえる。
一呼吸。
この曲はバイオリン合奏だったものを、ピアノとバイオリンにパート分けした。
だから、バイオリンとピアノは追いかけるように強弱がつき、演奏が完成する。
弦を強く、弱く、早く、緩やかに。
春の麗らかさを、春の美しさを伝えるように、優雅に可憐に、儚く。
「(リュクス様に、分かってもらいたい。1人で春を作るのではなく、今回は2人だということ。リュクス様の春を表現して欲しいだけで、私の春を真似して欲しいわけではないということ。)」
心を、こめる。
バイオリンの奏でる音に魔力を乗せる。
リュクスの周りを吹く春風として音は響き、慰めるように桜の花びらが舞う。
先導するかのようにうさぎはリュクスを見つめた後に、私の後ろに向かって走り抜けていく。
2匹のうさぎがお互いにちょっかいをかけながらも、スピードを出してかけている。
「(春は、自由だ。)」
最後の一音は、長く、響かせてこの曲を締める。
バイオリンをおろして、改めてリュクスを見つめた。
こちらを呆然とみつめるリュクスに向かって口を開く。
「リュクス様。
リュクス様の春に、正解はありますか?
好きな季節はありますか?好きな春はありますか?」
リュクスは、困惑したように言葉を探すように口を開くが、声にはならず、目を伏せた。
ノクチリカはさらに重ねて話し始める。
「私は、教えるのが下手なので見本を見せることしか出来ませんでしたが……、私の好きな春は色んな形があります。
山野が春色に染まる様も、穏やかな風が吹くのも、桜が咲くのも、うさぎが野山を駆ける様も、鳥が鳴く音も。すべて、私の好きな春です。もっと言えば、冬が明けた実感があるところも、日が少しだけ長くなるのも、色んな春の顔が好きです。」
そこで言葉を区切って、リュクスの目を覗き込む。
「リュクス様。
確かに見本として見せました。でも、私の春なんて真似しないでください。
私は、リュクス様の春を見たい。
リュクス様も、リュクス様の春を見せたくないですか?
もっと言えば、リュクス様の春と、私の春が合わさった、そんな春がどうなるのかをみんなに見せたくないですか?
ダメですよ、楽してしまっては。すぐ飽きちゃいます。
向き合って、考えて、考え込んで。それで初めて、春が完成するんです。」
顕現していたバイオリンを解く。
硬く握り締められた拳にそっと手を添える。
「私に見せてください、リュクス様。貴方の春を。」
「俺の、春……。」
「何でもいいんです。でも、貴方だけのものが見たい。猿真似じゃ嫌。正しいだけも嫌。
わたしが目を離せないだけの春を、この楽譜を渡して良かったと思える春を、見せてください。」
まっすぐリュクスの目を見つめる。
伝われ、と思った。
「……はは。随分と難しい。」
「でも、出来るでしょう?
リュクス・ノート。貴方なら。」
「あぁ。期待に、応えたいと思う。」
その言葉を聞けて、思わず笑った。
「ええ、私を飽きさせない音楽を、見せてください。」




