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音楽に救われた少女の異世界サウンド・ハック ~誰もが天才と呼ぶけれど、私は平凡な子爵令嬢のつもりです~  作者: 音淵言葉


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15/23

春風が吹く

練習初日は、リュクスが一度楽譜を暗譜してくるので、本格指導を次の日からにしてほしいと言われ、早めに解散することとなった。


「(リュクス様、随分と真剣な顔をされていたわね。夜会まであと2週間あるから、絶対間に合うのに……心配性なのかしら。でも、あのリュクス様が暗譜を一晩でされるとおっしゃったからには、きっと仕上がってるんでしょうね。)」


ぼんやり考えながら荷物をまとめてしまう。

リュクスが迎えに来る前に教室のドア付近にいることで、目立つのを最小限にする作戦だ。


「ノクチリカ嬢。」


仕事ができる人間は、行動が早いとは知ってはいたが、まさか、ここまで早いとは。


「リュクス様。わざわざありがとうございます。」

「いいや、気にしないでくれ。迎えにきたくて、ここまで足を運んでるからね。」


クラスメイトの好奇の目がグサグサと刺さるのを感じながら、どうにか微笑む。


「さぁ、行こうか。」

そう差し出された手を、恐る恐る握る。

背後のざわめきはいつまで続くのか……この1週間で周りがなれることを祈って、リュクスとともに防音室まで向かった。



「ノクチリカ嬢。昨日は素晴らしい演奏をありがとう。

君に感化されて、久しぶりに本気で練習して暗譜してきたんだ。細かい表現は全くだが、迷いなく指は動かせる。

だから、改めて指導を頼む。」

「……本当に暗譜してきたんですの?一晩で?」

「あぁ。お恥ずかしながら、今日はあまり寝ていない。出来るようになるまでやり続けてしまって……。」


そう言って少し照れたようにリュクスは笑い、ピアノを顕現させる。

相変わらず、美しいピアノである。

透き通るクリスタルのようなピアノを前にリュクスは座った。

ピアノはリュクスの奏でる音ともに魔力を帯びて優しく光る。


「(優しい、優しい春だ。穏やかさだけが横たわる、美しい春。)」


暗譜してきたと言っていた通り、指は滑らかに動き、音は正確に響いている。

指が攣りそうなほどの高速なのに、きちんと優雅さを感じる動き。

一晩しか練習してないとは思えないほどミスも少ない。

きちんと楽譜にある音の全てを拾えている。


「(でも、春に焦がれてはいない。春は、冬が明けて暖かくなる、生命が動き出す季節。冬の氷の下で眠っていた生命が、春に焦がれて動き出す、そんな情景は浮かばない。)」


両手を使って激しく、一音も逃さずに弾いていく。

流石ノート家と言わざるを得ない指捌きと、正確さ安定感だ。

穏やかな青空と微風、そして揺れる草花がリュクスの周りに広がっていた。

心地の良い音楽だ。お昼寝するには素敵な季節だと、そう感じる穏やかな音楽。


「(でも、ダメ。私は彼に我儘を教えるために、春を教えている。次に来る夏では苛烈すぎる、春らしい我儘を。全部取りこぼしたく無いの、春の全てをこの音楽で表現する、という気持ちが、演奏が足りない。)」


静かに、穏やかに最後の1音が響く。

美しい春空だった。


「(随分と過不足のない演奏だった。きっと、この世界の正解はこれでいいのだと思う。でも、正しくなきゃダメなのかしら。むしろ、正しかったらダメなこともきっと、ある。)」


リュクスは弾き終わり、脱力していた腕をそのままに、ノクチリカを見る。


「どうだったかな、ノクチリカ嬢。

俺としては、足りないと思ったんだ。

君の演奏より、俺は正しく楽譜の音を拾えてるかもしれない。

純粋なピアノの技術なら、もしかしたら俺が上だ。

でも、足りないんだ。

魔力が織りなす景色も正直だ。

君が弾けば、春はそこにあったのに。俺が弾いても、春風しかない。」


「君と、俺では何が違う?」


迷子の子供のような顔で、ただこちらを見ていた。

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