音楽と我儘とエスコート
夕暮れと呼ぶにはまだ早く、昼と呼ぶには日が落ちてきた、そんな時間。
予約していた防音室にて、リュクスとノクチリカは向かい合っていた。
「リュクス様。本日は夜会の楽曲の候補を選んできましたの。ですから、曲を決めましょう。
そして、言いにくいのですが……。」
「?
ノクチリカ嬢、どうか君の心を聞かせてくれ。
何か言いにくいことが?」
美しい顔に影を落として、リュクスが聞いてくる。
ひとつ、呼吸をおいて、努めて冷静に答えた。
「――お願いですから、授業後に私のクラスにまで足を運んで迎えにくるのは、今日限りで!お願いいたします!
見ましたか?皆様の顔を!私の明日がかかっていますわ!」
そう、なんと、あのリュクス・ノートがご学友ではなく、一端の令嬢に用があるといって一般クラスにきたのだ。
――時は授業の終わりのチャイムが鳴ったところに遡る。
授業後の片付けをしていたら、教室の後方がざわつくのが聞こえた。
「(このクラスの子が騒ぐのは珍しいわね。大人しい子たちばっかりなのに)」
この後の合奏練習はどうするのが最終的にいいか、という悩みに頭を巡らせながら、教科書をまとめていた。
「(さぁ、エドワードとユーラに挨拶をして、練習に行かなくては。)」
荷物を持って、立ちあがろうと顔を上げようとした、その時。自分のところが少し暗くなっているのに気がついた。
エドワードが一足先に挨拶しにきてくれたのかと、机の前に立つ人を確認しようと、勢いよく顔を上げれば、そこには輝く顔顔を微笑みの形に変えたリュクス・ノートがいた。
「やぁ、ノクチリカ嬢。昨日、今日の放課後の約束をしただろう?
迎えにきたよ。」
一瞬、現実を受けいられなくてフリーズする。
クラスのざわめきの正体がこの男であることを知り、そして昨日の私が待ち合わせ場所を指定していなかったことを思い出した。
そりゃあ、普段おとなしい子達も騒めくだろう。
あの、リュクス・ノートがこのクラスに令嬢を目的として訪ねてくるのだ。
その衝撃たるや、夜会でのパートナーの話は噂は耳にしたけれど、真実の確証がないままだったクラスメイトには大きいものだっただろう。
私自身もクラスメイトからの言及をうまく交わしていたのに!
――今、目の前で微笑んでいるリュクス・ノートを見る。
私はこの予約された防音室に来るまでの道中の記憶がない。
完全に停止した私を、リュクスがエスコートして、さらにエドワードにもリュクスが声をかけてそれに釣られる形で私も挨拶をした。
あまりにも逃避したい現実に、ここの道のりの記憶が消えているが、人通りが多い時間帯にこの男と歩いたのだ。
きっと、また別の噂へと尾鰭背鰭がついて今頃放課後のお茶会のネタになっているだろう。
「……これからは、特定の部屋を予約して、現地集合にいたしましょう。」
苦々しくノクチリカはリュクスへと伝える。
しかし、リュクスは真意の読めない笑顔を浮かべ、ノクチリカの手を取った。
「なぜ?ノクチリカ嬢をエスコートする権利は、少なくとも俺にはあると思っていたのだけど。」
そう言ってより一層、目を細める。
貴公子然とした姿に、ノクチリカは思わず空いた片手で頭を押さえた。
「目立つからですわ……!!私はリュクス様と違い、目立つのに慣れていなければ、目立ちたくないんですのよ!」
「でも、夜会で視線をかなり集めると思うから、その予行練習だと思えば有意義じゃない?」
ぐうの音が出ない正論だ。
実際に夜会で集める視線を考えるとゾッとする。
なにせ、あのエリーチカ様ではなく、別の令嬢をわざわざエスコート相手に選んでるのだ。
「リュクス様って、強引なのに正論でずるい。」
思わず、取られていた手を強引に引き継いで、自分に取り返す。
思わず睨むようにリュクスの顔を見つめると、リュクスはどこか嬉しそうに、それでいて驚くように目を見開いていた。
「ノクチリカ嬢が俺に慣れてきてくれたみたいで嬉しいよ。
そうなんだ、ずるい男だから、君を夜会までは独占したい。
ね、ノクチリカ嬢。俺が練習部屋の予約はするから、迎えに行かせて欲しいな。」
リュクスが一歩前に出て距離が縮まる。
上から見下ろされるように見つめられる中、手が顔の横に伸びてきて、頬に触れる直前で止まった。
懇願というには偉そうで、お願いというには可愛らしい。
子供の方がよっぽど我儘を言うのが上手いだろう。
「……はぁ。嫌と言ってもやるんでしょう。
良いですわ、もう一度も二度も一緒でしょうし……。」
そこで言葉を区切り、中途半端に伸ばされた手を両手で掴む。
「でも、リュクス様。私に随分と我儘を言ってくださってますが、音楽にもこれくらい強引で我儘で良いんですからね。
期待なさって。
私がこれから、我儘の言い方を教えてあげる。」
「ノクチリカ嬢……。」
パッとリュクスの手を離して、両手をパンと合わせた。
「さぁ、覚悟してくださいませ。
今回私が夜会に向けて用意した曲はこちらですわ。
楽譜はこれですわ。」
私が昨夜探し出した楽譜を取り出す。
「この曲は、春をテーマにした曲です。
春が来る喜び、ゆったりとした時の流れ、小鳥の囀り。暖かさが売りの、明るい曲ですわ。」
リュクスが受け取った楽譜に視線を落とす。
「かなり難しい曲だね。これをあと夜会までの期間で?」
「出来るでしょう?だって、音楽を愛しているんだから。」
挑戦的に言葉を返す。
音楽を愛しているなら、出来ないなんて言わせない。
手を抜くことは許さない。
「さぁ、練習しましょう、リュクス様。
楽しい楽しい練習の始まりですわ!」




