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神獣使いではなく猫使いです  作者: 猫屋敷 春人
第五章 白銀の大地

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第八十六話 最初の異変

黒い霧は静かに草原を這い始めた。風もないのに揺らめきながら広がり、触れた草花は次々と色を失っていく。その光景は炎に焼かれるよりも静かで、だからこそ底知れない恐ろしさを感じさせた。


青年は七匹の猫たちを一度見渡すと、ゆっくりと前へ歩き出す。七匹も何も言われずともその後へ続き、それぞれ自然な間隔を保ちながら周囲を警戒していた。影神猫は木々の影へ溶け込むように姿を消し、雷神猫は青年の少し前へ出る。炎神猫は周囲を落ち着きなく見回しながらも、決して青年の傍を離れようとはしなかった。


「様子がおかしいね」


ミアが小さく呟く。


「うん」


レオンも頷く。


「戦いに慣れてるんじゃない」


「何が起きても守れるように動いてる」


その動きには無駄がなかった。何度も共に戦ってきた者だけが持つ信頼があり、それぞれが互いの役割を理解していることが、言葉を交わさなくても伝わってくる。


その時、草むらの奥から一匹の白い兎が姿を現した。


青年はほっとしたように表情を緩める。


「大丈夫だ」


「まだ生き物も逃げ切れて──」


言葉は最後まで続かなかった。


兎の身体が突然大きく震え、その白い毛並みが黒く染まり始める。苦しげな鳴き声を上げながら倒れた兎は、ゆっくりと立ち上がった。


その瞳に宿っていた優しさは消えている。


深く濁った黒い瞳だけが、青年たちを見つめていた。


「……っ」


レオンは思わず息を呑む。


ミアも胸を押さえ、小さく顔をしかめる。


「あの子……苦しんでる」


青年は静かに目を閉じた。


「やっぱり命そのものを蝕む力か」


その言葉を聞いた七匹の猫たちの表情が変わる。


雷神猫は低く唸り、炎神猫は毛を逆立てる。風神猫は青年の周囲を素早く駆け、氷神猫は静かに一歩前へ出た。そして影神猫はいつの間にか兎の背後へ回り込み、その動きを見極めるように身を低くする。


「……来る」


影神猫が小さく告げる。


次の瞬間、黒く染まった兎は地面を蹴り、悲鳴のような鳴き声を上げながら青年へ飛びかかった。


しかし、その身体が青年へ届くことはなかった。


影から伸びた黒い爪が一瞬で兎の前へ走り、その進路を静かに逸らす。


続いて雷神猫が駆け抜ける。


激しい雷鳴ではない。


兎を傷つけないよう力を抑えた一撃が、その身体を優しく弾き飛ばした。


青年は静かに頷く。


「倒さないで」


「助けよう」


その一言に、七匹の猫たちは迷うことなく動き始めた。


その姿を見つめるレオンの胸には、不思議な確信が芽生えていた。


千五百年前の猫王もまた、自分と同じように、命を救うことを何より大切にしていたのだ。


閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。

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