第八十二話 始原の記録
本日2話目の投稿です。本日より投稿頻度が少し落ちます。
誰もすぐには動けなかった。
白銀の台座に置かれた一冊の書物は、長い年月を経てなお少しの傷みも見せず、静かにその存在感を放っている。表紙へ刻まれた八つ目の紋様は鼓動のように淡く輝き、その光が部屋全体を優しく照らしていた。まるで、ここへ辿り着く者を千五百年もの間待ち続けていたかのようだった。
「始原の記録……」
レオンが小さく呟く。
長老は震える足で一歩前へ出ると、深く息を吸い込んだ。
「白猫族には、この名だけが伝えられていました。世界の始まりと災厄の真実が記された書だと。しかし、その在り処を知る者は誰一人おらず、いつしか伝承だと思われるようになったのです」
「本当にあったんだ……」
ミアは目を輝かせながら書物を見つめる。
その一方でクロは周囲へ視線を巡らせ、小さく耳を動かした。
「……静かすぎる」
その一言に、ライも表情を引き締める。
「確かにな。こんなお宝がある場所にしちゃ、拍子抜けするくらい何もねぇ」
「油断は禁物だよ」
アカネが炎を消しながら辺りを見渡す。
レオンはゆっくりと台座へ近づいた。
不思議と恐怖はない。それどころか、この書物が自分を拒んでいないことを、胸の奥ではっきりと感じていた。
「触れてみますか」
巫女が静かに尋ねる。
レオンは小さく頷いた。
「ここまで導いてくれたんだ。きっと意味がある」
そう言って表紙へ手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、八つ目の紋様が眩く輝き、部屋中へ白銀の光が駆け巡った。
「っ!」
全員が思わず目を細める。
しかし次の瞬間、光は穏やかな温もりへ変わり、ゆっくりと書物の表紙がひとりでに開き始めた。
ページが風もないのに次々とめくられていく。
古代文字がびっしりと刻まれているはずの紙面は、レオンの目には不思議と自然な言葉として映っていた。
「読める……」
レオンは驚きの声を漏らす。
「僕、読めるよ」
「そんな……」
巫女は目を見開く。
「古代文字を読める者など、もう存在しないはずです」
レオン自身も信じられなかった。
文字を読んでいるという感覚ではない。まるで書物が直接、心へ語りかけてきているようだった。
ページは一枚の場所で静かに止まる。
そこには、たった一文だけが刻まれていた。
『真実を知る覚悟はあるか』
短い問いだった。
だが、その言葉には計り知れない重みがあった。
レオンは仲間たちを振り返る。
ミアは優しく頷き、ライは力強く拳を握る。
アカネは真っ直ぐな笑顔を向け、クロは静かに一言だけ告げた。
「……進め」
白銀の番人も隣へ歩み寄り、小さく喉を鳴らす。
その声に背中を押されるように、レオンはもう一度書物へ向き直った。
「あります」
迷いはなかった。
「僕は、この世界の真実を知りたい」
その言葉が響いた瞬間、書物は再び眩い光を放ち、新たなページがゆっくりと開かれ始めた。
閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。




