第七十五話 猫王の選択
本日1話目の投稿です。
黒い影は静かに前脚を持ち上げる。その動きに呼応するように、石碑の亀裂から溢れる瘴気はさらに勢いを増し、祈りの間を覆い尽くそうとしていた。雷も、影も、炎も確かに闇を押し返している。それでも石碑から流れ込む力は尽きることがなく、戦いは終わりの見えない均衡を保ち続けていた。レオンは剣を構えたまま、黒い影ではなく石碑を見つめる。
「……違う」
小さく漏らしたその一言に、ミアが振り返る。
「レオン?」
「この子を倒しても終わらない」
レオンはゆっくりと石碑へ歩き出す。
「あの影は封印を守ってるんじゃない。封印から力をもらって動いてるんだ」
巫女は静かに目を見開いた。
「気付いたのですね」
「だから、戦う相手はあの影じゃない」
レオンは白銀の番人を見つめる。
「番人がずっと守ってきたのは、この石碑なんだよね」
白銀の番人は低く喉を鳴らし、小さく頷くように目を細めた。
「だったら僕も守る」
その言葉を聞いた瞬間、黒い影が初めて大きく動いた。紅い瞳がレオンだけを捉え、一直線に距離を詰めてくる。黒い腕が振り下ろされ、空気そのものが裂けるような轟音が祈りの間へ響いた。
「させねぇ!」
ライが巨体を滑り込ませ、雷をまとった拳で黒い腕を受け止める。激しい雷鳴が響き、衝撃で床が砕け散る。それでも黒い影は止まらず、さらにもう一方の腕をレオンへ伸ばした。
「……遅い」
クロが影から現れる。
鋭い爪が黒い腕を深く切り裂き、瘴気の流れを断ち切る。その隙へアカネが神炎をまとって飛び込み、燃え盛る蹴りが黒い影を大きく吹き飛ばした。
「レオン!」
アカネが振り返る。
「今だよ!」
レオンは力強く頷き、石碑の前へ駆ける。白銀の番人も並ぶように歩み寄り、静かに前脚を石碑へ添えた。純白の光と氷の理が石碑を包み込み、その隣へミアもそっと両手を重ねる。
「お願い……もう苦しまなくていいから」
生命の光が静かに広がる。
その瞬間、石碑の亀裂が淡く輝いた。
黒い瘴気ではない。
温かな白い光が、亀裂の奥からゆっくりと溢れ始める。
巫女は目を潤ませ、小さく微笑んだ。
「封印が……応えています」
その言葉と同時に、黒い影の動きが初めて止まった。
紅い瞳が揺らぎ、まるで何かを思い出そうとするかのように、静かにレオンたちを見つめ返した。
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