第七十四話 黒き影
本日3話目の投稿です。
宙へ舞い上がった黒い結晶は、不気味な音を立てながら一つへ集まっていく。瘴気は渦を巻き、人の輪郭だけを残した黒い影を静かに形作り始めた。その姿には顔も表情もない。ただ二つの紅い光だけが闇の中で妖しく揺れ、祈りの間を冷たい静寂が包み込む。誰もが本能的に、その存在へ目を奪われていた。
「人……?」
ミアが小さく呟く。
巫女は静かに首を横へ振る。
「違います。あれは意思ではありません。封印の奥に眠る存在が、自らの力だけで作り出した器です」
黒い影はゆっくりと腕を持ち上げる。その動きに合わせるように、祈りの間へ散らばっていた黒い結晶が一斉に浮かび上がった。無数の結晶は黒い槍となり、音もなくレオンたちへ狙いを定める。
「気を付けて!」
レオンの声と同時に、黒い槍が雨のように降り注いだ。
ライは雷をまとった巨体で真正面から受け止め、降り注ぐ槍を次々と打ち砕く。砕けた結晶は稲妻に飲み込まれ、眩い光となって消えていく。しかし後方へ流れた槍までは防ぎ切れず、なおも仲間たちへ襲い掛かっていた。
「……任せろ」
クロの姿が影へ沈む。
次の瞬間、黒い槍の影から巨大な影神猫が現れた。鋭い爪が幾筋もの軌跡を描き、降り注ぐ槍を次々と切り裂いていく。その一撃は槍だけではなく、槍同士を繋いでいた瘴気までも断ち切り、黒い雨は力を失って地面へ崩れ落ちた。
「よっしゃ!」
アカネは神炎をまとった尾を大きく振り抜く。
渦を巻く炎は黒い影を包み込み、灼熱の熱波が祈りの間を駆け抜けた。赤黒い瘴気は燃え上がり、影の身体は一瞬だけ大きく揺らぐ。しかし炎が晴れると、その姿はなお石碑の前へ立ち続けていた。
「そんな……」
ミアは驚きを隠せない。
「効いてないの……?」
巫女は黒い影を見つめたまま、小さく息を吐く。
「理だけでは届きません。あれは封印そのものへ繋がっています」
その言葉を聞いた瞬間、レオンの視線は自然と石碑へ向いた。
砕いても再生する。
倒しても終わらない。
その理由は最初から目の前にあった。
「石碑が……」
レオンは静かに呟く。
「石碑との繋がりを断たない限り、あの影は何度でも戻ってくるんだね」
巫女はゆっくりと頷く。
「はい。それができるのは、この場にいる誰かだけです」
その言葉とともに、巫女の視線は静かにレオンへ向けられた。
同じ頃、誰にも気付かれないまま、フェリスは石碑を見つめ続けていた。
その琥珀色の瞳が、ほんの一瞬だけ淡く輝く。
まるで石碑の奥から聞こえる誰かの声へ、静かに応えるように。
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