第七十話 炎神猫の咆哮
本日2話目の投稿です。
祈りの間を満たす瘴気は、雷と影の理に押されながらもなお膨れ上がっていく。石碑の奥から響く鼓動は次第に速さを増し、そのたびに封印の亀裂は大きく広がっていた。白銀の結界は限界まで軋み、白銀の番人も苦しげに唸りながら懸命に踏みとどまっている。誰の目にも、この均衡が長く続かないことは明らかだった。
「まだ……押し返せない」
レオンは石碑を見据え、小さく息を吐く。
ミアの生命の光は白銀の番人を支え続けている。しかし封印の奥から溢れ続ける瘴気は、その光さえ飲み込もうとしていた。優しさだけでは届かない壁が、目の前へ立ちはだかっている。
「だったら!」
アカネが一歩前へ出る。
「今度はあたしの番だ!」
燃え上がる炎がアカネの足元から渦を巻き始める。赤い炎は黄金へ、黄金の炎は白く輝く神炎へと変わり、その身体を優しく包み込んだ。揺らめく炎は次第に大きくなり、祈りの間の天井近くまで届く巨大な火柱となって立ち昇る。
炎が静かに晴れる。
そこに立っていたのは、燃え盛る神炎をその身に宿した巨大な炎神猫だった。真紅の毛並みは揺らめく炎そのものとなり、長く伸びた尾は一振りするだけで無数の火の粉を舞い上げる。金色に輝く瞳には揺るぎない闘志が宿り、その一歩だけで冷え切った祈りの間から黒い雪が音もなく溶けていった。
「行くぞ!」
炎神猫となったアカネは大きく地面を蹴る。
巨体とは思えない速さで瘴気の中を駆け抜けると、燃え盛る前脚を巨獣へ叩きつけた。爆ぜる神炎は黒い腕を一瞬で飲み込み、再生しようとする瘴気まで焼き尽くしていく。さらに尾を大きく振り抜くと、炎の渦が石碑の前へ広がり、溢れ続ける闇を押し返した。
「すごい……」
ミアは思わず声を漏らす。
「炎なのに……温かい」
巫女は穏やかに頷いた。
「命を燃やす炎ではありません。命を守る炎……それが炎神猫の理です」
雷は闇を砕き、影は瘴気を断ち、炎は穢れを焼き払う。
三柱の神猫が並び立った瞬間、それぞれの理は互いに呼応するように輝きを増していく。白銀の結界も再び勢いを取り戻し、白銀の番人は力強く遠吠えを響かせた。その澄み切った咆哮は祈りの間全体へ広がり、黒い雪を少しずつ浄化していく。
「あと少し……!」
レオンは希望を胸に石碑を見つめる。
その時だった。
石碑へ刻まれていた古代文字が、一文字ずつ赤黒く染まり始める。
巫女の表情が強張る。
「そんな……封印を内側から書き換えている……?」
次の瞬間、石碑の亀裂が轟音とともに大きく裂け、その奥から巨大な黒い眼がゆっくりと姿を現した。
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