第六十七話 封印の亀裂
本日2話目の投稿です。
石碑へ走った一本の亀裂は、まるで生き物のようにゆっくりと広がっていく。その隙間から溢れ出す瘴気は、祈りの間を満たしていた白銀の光さえ飲み込もうとしていた。空気は重く淀み、息を吸うだけで胸の奥が締め付けられる。白銀の番人は低く唸りながら石碑の前へ立ち、決して一歩も退こうとはしなかった。
「封印が……壊れてるの?」
ミアが不安そうに呟く。
巫女は亀裂から目を離さないまま、小さく頷いた。
「長い年月をかけて少しずつ侵食されてきたのでしょう。このままでは、封じられていた怨念が外へ溢れ出します」
レオンは静かに石碑を見つめる。目の前にあるのは敵ではなく、長い時間を耐え続けてきた封印なのだと思うと、胸の奥が痛んだ。白銀の番人もまた、この場所を守るためにずっと戦い続けてきた。その孤独を思うと、自然と剣を握る手へ力が入る。
「この場所も……番人も守りたい」
その言葉に、白銀の番人は静かに振り返る。黄金色の瞳はレオンを真っ直ぐ見つめ、低く喉を鳴らした。その穏やかな眼差しには、わずかな安堵の色が浮かんでいるようにも見えた。
「……右」
クロの短い声が響く。
次の瞬間、石碑の亀裂から無数の黒い腕が一斉に飛び出した。蛇のようにうねりながら祈りの間を埋め尽くし、レオンたちへ襲い掛かる。その一本をクロが影から現れた鋭い爪で切り裂き、続く腕をライが雷をまとった拳で粉砕した。
「数が多いな!」
ライは次々と迫る黒い腕を迎え撃つ。
「全部止める!」
アカネは炎をまとって宙を駆け、降り注ぐような蹴りで黒い腕を焼き払う。燃え尽きた瘴気は黒い灰となって舞い散るが、その奥からは新たな腕が次々と伸びてくる。切っても砕いても終わりが見えず、まるで底なしの闇と戦っているようだった。
「きりがない……」
レオンが呟いた、その時だった。
ミアの足元へ一輪の白い花が静かに咲く。その花は祈りの間に咲いていたものと同じ形をしていたが、花弁は淡い緑色の光を放っている。やがて二輪、三輪と次々に花が咲き始め、優しい香りが冷え切った空気を包み込んだ。
「これは……」
ミア自身も驚いたように両手を見つめる。
巫女は嬉しそうに微笑んだ。
「生命は恐怖ではなく、希望へ応えます。あなたの願いが、この場所の命へ届き始めています」
その光へ触れた黒い腕は苦しむように震え、瘴気を撒き散らしながら少しずつ崩れ始めた。白銀の番人は力強く地面を踏み締めると、白銀の光はさらに大きく広がり、祈りの間を覆う結界となって石碑を包み込む。
しかし、その直後――。
亀裂の奥で、何かがゆっくりと身じろぎした。
重く鈍い鼓動が一度だけ響き、祈りの間全体が大きく揺れる。
巫女の表情から笑みが消え、静かな声が震えた。
「封印の奥にいるものが……目を覚まします」
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