第六十一話 石碑に眠る巫女
本日2話目の投稿です。58話の修正前と修正後のものが混ざって59話として投稿されてしまっていました。申し訳ありません。
石碑が放つ白い光は、祈りの間全体を静かに包み込んでいた。突然響いた声にレオンたちは息を呑み、誰もが反射的に石碑へ視線を向ける。白猫族の長老は目を見開いたまま膝をつき、白銀の番人も胸へ手を当てて頭を垂れた。その場にいた誰もが、この瞬間が白猫族の歴史に刻まれる出来事だと本能で理解していた。
「今の声……」
ミアは胸へ手を当て、不安そうに石碑を見つめる。
「私じゃない……でも、どこか懐かしい気がする」
「石碑がしゃべったのか!」
アカネは目を丸くしながら一歩前へ飛び出した。
「こんなの初めて見るぞ!」
「……警戒」
クロは短く告げ、祈りの間全体へ鋭い視線を巡らせる。
「俺はライだ!」
ライがレオンの前へ出て拳を握る。
「誰だ! いるなら姿を見せろ!」
その声に応えるように、石碑の光が一際強く脈打った。刻まれていた古代文字が一文字ずつ浮かび上がり、雪の結晶のような光となって宙へ舞い上がる。無数の光はゆっくりと集まり、一人の少女の姿を形作っていった。肩まで流れる白銀の髪、澄み渡る蒼い瞳、その身体は光だけでできた幻のように淡く揺らめいている。
レオンは思わず息を呑んだ。
「幻影……なのか」
少女は優しく微笑み、小さく頷く。
「はい。私は本物ではありません。この石碑へ刻まれた記憶。その一部です」
長老は震える声を漏らした。
「そのお姿は……まさか始祖様……」
少女は静かに首を横へ振る。
「いいえ。私は始祖ではありません。白猫族がまだ幼かった時代、この里を導いた巫女の記憶です」
その言葉に祈りの間は静まり返る。番人はゆっくりと片膝をつき、長老も深く頭を下げた。誰も声を発することができず、ただ巫女の姿を見つめ続ける。その静寂だけが、この存在の特別さを何よりも物語っていた。
やがて巫女は穏やかな笑みを浮かべたまま、真っ直ぐミアへ歩み寄る。足は床へ触れていないにもかかわらず、彼女が近づくたび祈りの間の空気は柔らかな温もりへ変わっていく。祭壇の脇で黒い雪に覆われていた小さな草花が淡く輝き、ゆっくりと生気を取り戻し始めた。まるで命そのものが彼女の存在へ応えているかのようだった。
「やはり……あなたでしたか」
巫女は優しい眼差しでミアを見つめる。
「長い、本当に長い時間を待っていました」
「え……?」
ミアは戸惑いながら自分を指差した。
「わ、私のことですか?」
「はい。生命に寄り添う優しい光。その力は、この時代にも受け継がれていたのですね」
長老は驚愕の表情でミアを見た。
「やはり……生命と共鳴する力……」
レオンはミアの横顔を見つめる。これまで旅の中で植物を元気にし、傷ついた命へ自然と寄り添ってきた彼女の姿が脳裏をよぎる。偶然だと思っていた出来事が、一つの線となって繋がり始めていた。
その時だった。
石碑の光が一瞬だけ赤黒く揺らぎ、祈りの間へ冷たい風が吹き抜ける。壁の隅に付着していた黒い結晶が、不気味な音を立てながら脈打ち始めた。
「……来る」
クロが鋭く呟く。
ライは口元を吊り上げる。
「へっ! ようやくお出ましか!」
アカネは炎をまといながら前へ踏み出した。
「巫女さんはあたしたちが守る! レオン、行くぞ!」
巫女は穏やかな表情を崩さぬまま、静かにレオンたちへ視線を向けた。
「どうか、お気を付けください。黒い雪は災厄そのものではありません。本当に恐ろしいものは、その奥で目を覚まそうとしています」
その言葉が響いた瞬間、祈りの間全体を激しい震動が襲った。
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