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神獣使いではなく猫使いです  作者: 猫屋敷 春人
第五章 白銀の大地

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第五十六話 命の声

体調がすぐれないので本日1話のみとなります。明日からは通常通り投稿予定です。

「やはり……」


フェリスの小さな呟きは、黒い霧にかき消されそうなほど静かだった。


だが、その瞳だけははっきりとミアを見ていた。白い花が放った微かな光は、普通の浄化とは違う。黒い雪を無理やり消すのではなく、凍り付いた命を内側から温めるような優しい光だった。フェリスはその感覚を確かめるように、指先で雪をそっと払った。


白銀の番人が再び咆哮を上げる。


黒い霧が渦を巻き、鋭い刃のように雪原へ広がった。ライはレオンの前へ飛び出し、雷を纏った前足で霧を打ち払う。しかし霧は砕けてもすぐに集まり直し、番人の体へ刺さった黒い結晶へ吸い込まれていった。


「面倒くせぇな!」


ライが牙を剥く。


「砕いても戻るなら、根っこから引っこ抜くしかねぇ!」


「その根っこを探します」


フェリスは即座に答える。


「クロさん、結晶の位置を」


「三つ」


クロはすでに番人の周囲を走っていた。


「肩、胸、後ろ脚」


短い言葉だけで、十分だった。


レオンはすぐに頷く。


「ライは正面を抑えて! アカネは後ろ脚、クロは肩! 僕は胸を狙う!」


「任せろ、王!」


「行くぞ!」


ライとアカネが同時に飛び出す。


雷と炎が白銀の雪原を駆け抜けた。ライは真正面から番人の前足を受け止め、アカネは炎の残像を残しながら後ろ脚へ回り込む。クロは影のように雪煙へ紛れ、番人の肩へ音もなく飛び乗った。三匹の動きが重なった瞬間、番人の巨体が初めて大きく揺らいだ。


「今!」


レオンは雪を蹴る。


胸元の黒い結晶へ向けて剣を構えた。だが、その瞬間、番人の瞳が赤く光る。黒い霧が胸元へ集まり、盾のようにレオンの前を塞いだ。


「くっ……!」


剣は霧を裂いたが、結晶には届かない。


押し返されたレオンの体を、ミアが後ろから支えた。


「レオンさん!」


「ありがとう。大丈夫」


レオンは息を整える。


そのすぐそばで、ミアは番人を見つめたまま動けなくなっていた。黒い霧の奥から、またあの感覚が届く。痛い。寒い。苦しい。それは声ではないのに、胸の奥へ直接響いてくるようだった。


「ミア?」


レオンが呼ぶ。


ミアはゆっくり首を振った。


「この子……怒っているんじゃありません」


その言葉に、ユキが息を呑む。


「分かるのですか?」


「分かる、というより……聞こえる気がするんです」


ミアは胸元に手を当てる。


「助けてって」


番人が苦しげに唸る。


その声に合わせるように、足元の白い花が淡く光った。黒い雪はその光へ触れると、ゆっくりと水のように溶けていく。ミアはその小さな花を見つめ、何かに導かれるように一歩前へ出た。


「ミアさん、危険です!」


ユキが叫ぶ。


それでもミアは止まらなかった。


「大丈夫」


声は震えていた。


それでも瞳は真っ直ぐだった。


「この子は、まだ生きています」


その言葉が雪原へ落ちた瞬間、白い花がもう一輪咲いた。


小さな光が広がる。


番人の足元の黒い雪がわずかに薄れた。フェリスは目を見開き、レオンはミアの背中を見つめる。ミア自身も、自分に何が起きているのか分かっていない。ただ、目の前の命を助けたいという願いだけが、静かに光となって雪原へ広がっていた。


「……なるほど」


フェリスが小さく息を吐く。


「これは浄化ではありません」


「じゃあ何なんだ?」


ライが番人を押さえ込みながら叫ぶ。


「命そのものを呼び戻しているんです」


その言葉に、ユキの瞳が揺れた。


遠い伝承の一節が、胸の奥で蘇る。命を慈しむ者が現れた時、大地は再び息吹を取り戻す。ユキはミアを見つめながら、震える唇でその言葉を飲み込んだ。


番人の動きがわずかに鈍る。


黒い霧の勢いも弱まっていた。


「今なら届く!」


レオンが叫ぶ。


「クロ!」


「任せろ」


クロの影が肩へ走る。


鋭い爪が黒い結晶へ突き刺さり、亀裂が走った。アカネは後ろ脚へ飛び込み、炎を纏った蹴りを結晶へ叩き込む。ライは正面から番人の巨体を押さえ込み、雷を地面へ走らせて動きを封じた。


三つの結晶が同時に震える。


レオンは胸の結晶へ向かって走った。


黒い霧がまた集まろうとする。だが、その霧はミアの足元から広がる白い花の光に触れ、わずかに薄れた。道が開く。レオンはその一瞬を逃さず、剣を真っ直ぐ振り抜いた。


白銀の光が胸の結晶を貫く。


高い音が雪原へ響いた。


黒い結晶に亀裂が走る。肩の結晶も、後ろ脚の結晶も同時に砕け始めた。番人は大きく身体を震わせ、苦しげな声を上げる。だがその声には、先ほどまでの狂気はもうなかった。


「もう少し……!」


ミアが両手を握り締める。


足元に白い花が咲いていく。


一輪。


また一輪。


黒い雪に覆われていた雪原へ、小さな命の色が戻っていく。白銀の番人の瞳から赤い光が薄れ、代わりに淡い青の光が揺らめいた。


そして、最後の結晶が砕けた。


黒い霧が空へ昇る。


番人の巨体がゆっくりと崩れ落ちる。レオンは剣を構えたまま身構えたが、番人はもう襲ってこなかった。大きな身体を雪の上へ横たえ、荒い息を吐きながら、静かにミアの方を見つめている。


「……ありがとう」


ミアは小さく呟いた。


なぜその言葉が出たのか、自分でも分からなかった。けれど、番人の瞳がほんの少しだけ柔らかくなった気がした。雪原に咲いた白い花が風に揺れ、その小さな光が番人の体を優しく包み込んでいく。


フェリスはその光景を見つめていた。


驚きはもう消えている。


代わりに、確信だけが残っていた。


「ミアさん」


フェリスは静かに口を開く。


「あなたのその力は、ただの魔法ではありません」


ミアは振り返る。


白い花が足元で揺れていた。


「おそらく、それは……命と共鳴する力です」


その言葉が、雪原へ静かに落ちた。

閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。

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