第五十三話 白き花
本日1話目の投稿です。
ユキだけが静かに目を見開いていた。
その表情を見たレオンは、小さく首を傾げる。
「ユキ?」
呼び掛けられたユキは、はっと我に返る。
「い、いえ……気のせいかもしれません」
そう答えながらも、視線は黒く染まった草から離れなかった。ほんの一瞬だけ、あの草が息を吹き返したように見えた。しかし、それを確信するにはあまりにも短い出来事だった。
「先へ進みましょう」
フェリスが静かに言う。
全員が頷き、再び北へ向かって歩き始める。雪を踏み締める音だけが森へ響き、黒い雪は少しずつその量を増していった。
しばらく進むと、クロが突然立ち止まる。
耳をぴくりと動かし、雪原の奥をじっと見つめていた。その瞳は鋭く細められ、全身から無駄な力がすっと消えていく。
「……いる」
短い声だった。
その瞬間、クロの姿が雪景色から消える。
「クロ!」
レオンが声を上げた時には、もう姿は見えなかった。
静まり返った森。
次の瞬間だった。
ガァァァァッ!!
黒い雪を巻き上げ、一体の黒狼が茂みから飛び出す。
しかし、その喉元には黒い影が張り付いていた。
「遅い」
クロの低い声が響く。
一閃。
黒狼の身体が大きく揺れ、そのまま雪の上へ叩き付けられる。
「今だ!」
ライが叫ぶ。
全身へ青白い雷を纏い、一気に駆け抜ける。雷光は一直線に雪原を裂き、黒狼へ激突した。轟音とともに雪煙が舞い、黒狼は大きく吹き飛ばされる。
「まだ終わってねぇ!」
アカネが笑う。
炎を纏った身体が雪を蹴り、一瞬で宙へ舞い上がる。そのまま回転しながら飛び蹴りを叩き込み、吹き飛んだ黒狼をさらに奥の岩へ弾き飛ばした。
「やった!」
勢いよく着地した瞬間、足元の雪が崩れる。
「あっ!」
そのまま転びそうになったアカネを、ライが尻尾で引っ張り戻した。
「危ねぇな!」
「えへへ、助かった!」
「調子に乗るな!」
「ごめんごめん!」
そのやり取りに、緊張していた空気が少しだけ和らぐ。
しかしクロだけは黒狼を見つめたまま動かなかった。
「……違う」
低く呟く。
「まだいる」
その言葉と同時に、森の奥から低い唸り声が響く。
一体。
二体。
三体。
黒い雪の向こうから、次々と赤い瞳が浮かび上がる。
「囲まれたか」
ライが低く笑う。
「へっ……面白ぇ」
雷が弾ける。
アカネも拳へ炎を灯し、大きく笑った。
「今度は転ばないぞ!」
「そこじゃねぇだろ」
ライが思わず突っ込む。
レオンも剣を構え、一歩前へ出た。
その時だった。
背後から、小さな風が吹く。
誰も気付かないほど穏やかな風だった。
その風はミアの足元を優しく撫で、黒い雪へ埋もれていた小さな花の蕾を揺らす。
ミアはふと足を止めた。
「……頑張って」
自然と、その言葉が零れる。
誰へ向けたものなのか、自分でも分からなかった。
ただ、そう願わずにはいられなかった。
次の瞬間。
固く閉じていた白い蕾が、ほんのわずかに開く。
雪の中で咲いた、小さな一輪の花。
それは吹き抜ける風へ揺れながら、静かに命の色を取り戻していた。
その奇跡に気付いたのは――。
再び、ユキただ一人だった。
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