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神獣使いではなく猫使いです  作者: 猫屋敷 春人
第五章 白銀の大地

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第五十二話 凍てつく命

本日3話目の投稿です。

翌朝、白銀の集落は静かな朝日へ包まれていた。


夜の吹雪は嘘のように止み、雪原には柔らかな光が降り注いでいる。屋根へ積もった雪がきらきらと輝き、冷え切った空気の中にもわずかな温もりが感じられた。しかし、その穏やかな景色とは裏腹に、集落の人々の表情は決して明るくはない。結界の異変が、この地に静かな影を落としていた。


「準備はできたか」


ライがレオンの肩へ飛び乗る。


「もちろん」


レオンが頷くと、クロは何も言わず雪の上へ降り立った。アカネも軽やかに着地し、その場で大きく背伸びをする。


「よーし! 今日はあたしが一番乗りだ!」


「勝手に突っ走るなよ」


ライが呆れたように笑う。


「分かってるって!」


そう言うなり、アカネは雪煙を上げながら駆け出した。


「……速い」


クロが小さく呟く。


一瞬遅れて、自らも影のように雪原へ溶け込んでいく。その姿は瞬く間に白銀の景色へ紛れ、気配だけが遠ざかっていった。ライはそんな二匹を見送りながら鼻を鳴らす。


「へっ、元気な連中だ」


レオンは苦笑しながら歩き出した。


集落を離れるにつれ、人の足跡は少しずつ消えていく。風だけが雪をさらい、辺りは静寂に包まれていた。黒い雪は昨日より増えてはいないが、ところどころ地面を汚すように積もり、白銀の景色を少しずつ蝕んでいる。


やがてクロが戻ってきた。


「前方」


短く告げる。


「魔物はいない。ただ……妙だ」


「妙?」


フェリスが問い返す。


クロは北の森を見つめたまま、小さく頷いた。


「静かすぎる」


その一言だけで十分だった。


森には鳥の声がない。


獣の足跡もない。


風に揺れる枝の音だけが、凍てついた森の中へ虚しく響いていた。


「俺が先に行く」


ライは地面を蹴る。


青白い雷が身体へ走り、一気に森の入口まで駆け抜ける。そのまま周囲を見渡し、鼻を利かせながら雪を踏み締めた。しばらくして振り返ると、大きく手を振る。


「今んところ問題ねぇ!」


「じゃあ行こう!」


アカネは元気よく跳び上がる。


倒木を飛び越え、岩の上を軽やかに駆け抜ける姿は、まるで炎そのものだった。勢い余って雪へ突っ込みそうになり、「おっと!」と体勢を立て直す姿に、レオンたちは思わず笑みを浮かべる。


森の奥へ進むにつれ、黒い雪は少しずつ増えていった。


白かった木々は灰色へ変色し、枝先は力なく垂れ下がっている。雪の下に広がる草花も黒く染まり、今にも崩れ落ちそうだった。その景色は、まるで森そのものが静かに眠りへ落ちていくようだった。


「全部……枯れてる」


レオンは小さく呟く。


ユキも胸元で手を握り締める。


「こんな森じゃなかったのに……」


その声には、故郷を失っていく悲しみが滲んでいた。


その時だった。


後ろを歩いていたミアが、ふと立ち止まる。


「……あれ?」


小さな声だった。


誰にも聞こえないほど静かな呟きだったが、レオンはすぐに振り返る。


「どうしたの?」


ミアは一本の小さな草を見つめていた。


黒い雪へ埋もれ、葉は色を失っている。誰が見ても枯れているようにしか見えない。それでもミアはしゃがみ込み、雪を優しく払うと、そっと両手で包み込んだ。


「まだ……」


その表情は驚いていた。


耳を澄ませるように目を閉じ、小さく息を吸う。


「まだ、生きています」


静かな言葉だった。


レオンたちは顔を見合わせる。


「え?」


アカネが首を傾げる。


「どう見ても枯れてるぞ?」


ライも草を覗き込み、小さく鼻を鳴らした。


「俺には分かんねぇな」


クロだけが黙ってミアを見つめている。


フェリスも草へ視線を落としたが、不思議そうに首を傾げるだけだった。


「……何か感じるのですか?」


ミアは困ったように微笑む。


「分かりません。でも……この子が、まだ頑張ってる気がして」


その言葉を口にした瞬間だった。


黒く染まった葉が、ほんのわずかに揺れた。


風ではない。


まるで小さな命が、もう一度息を吸ったような微かな震えだった。


しかし、その変化に気付いた者はいない。


ただ一人。


ユキだけが静かに目を見開いていた。


閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。

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