第五十一話 白銀の結界
本日2話目の投稿です。
北門の外には、静かな雪原が広がっていた。
白い雪は風に乗ってゆっくりと舞い、遠くの山々まで一面の銀世界が続いている。本来なら穏やかな景色なのだろう。しかし、結界の外側だけは違っていた。ところどころ雪は灰色へ変色し、冷たい風とともに黒い粒が静かに漂っている。
「ここです」
ユキは石柱の前で足を止めた。
白銀の結界は集落を囲むように張られ、その要となる石柱が等間隔に並んでいる。一本一本には古い文字が刻まれ、淡い光がゆっくりと流れていた。だが北側の石柱だけは黒い筋が走り、本来の輝きを失い始めている。
フェリスはゆっくりと石柱へ手を添えた。
目を閉じると、細い魔力の流れが指先へ伝わってくる。温かな力と冷たい力が混ざり合い、互いを押し潰そうとせめぎ合っていた。フェリスは静かに息を吐き、そのまま周囲の石柱へ視線を移す。
「思っていた以上です」
「そんなに酷いの?」
ミアが不安そうに尋ねる。
フェリスは小さく頷いた。
「一本だけではありません。この結界全体へ少しずつ黒い魔力が流れ込んでいます」
「全部か……」
レオンは石柱を見上げる。
一本を直せば済む話ではない。その現実を知り、胸の奥が重くなる。それでも、このまま見過ごすわけにはいかなかった。
ライが石柱へ飛び乗る。
「へぇ……嫌な匂いがするな」
小さく鼻を鳴らしながら、前足で黒い筋を軽く叩く。すると黒い霧がわずかに揺れ、まるで生き物のように石柱の裏側へ逃げていった。
「逃げた?」
アカネが目を丸くする。
「生きてるみたいだな!」
「いや……」
ライは険しい表情で首を振る。
「これは魔力だ。でも普通の魔力じゃねぇ」
その一言に、全員が石柱へ視線を向ける。
黒い筋は細く脈打ち、ゆっくりと結界の奥へ伸びていた。その動きは川の流れによく似ている。何かが北から流れ込み、この結界全体を静かに蝕んでいるようだった。
「北へ続いています」
フェリスが静かに言う。
「流れを辿れば、発生源へ着けるはずです」
レオンは北の雪山を見つめる。
白い山々の向こうには厚い雲が立ち込め、そのさらに奥だけが黒く霞んで見えた。あの先に、シラユキも黒い雪の原因もあるのだろう。胸元の猫王の紋章が、小さく熱を帯び始める。
その時だった。
「これ……!」
ユキが雪の中へしゃがみ込む。
皆も近寄ると、雪の表面には大きな足跡が残っていた。人のものではない。猫より遥かに大きく、それでいて狼とも違う丸みを帯びた足跡だった。黒い雪はその足跡だけを避けるように積もり、周囲には淡い白い光がまだ残っている。
ユキは震える手で、その跡へそっと触れた。
「間違いありません」
声は震えていた。
「シラユキ様です」
その一言に、場の空気が変わる。
レオンは足跡を見つめる。
新しいものではない。雪が少し積もっていることから、数日前のものだろう。それでも、まだ光が消えていないということは、シラユキの力が完全には失われていない証でもあった。
「まだ生きてる」
レオンは静かに言う。
「必ず助けられる」
ユキはゆっくりと顔を上げた。
瞳には涙が浮かんでいる。それでも、その表情には先ほどまでの不安はなかった。希望を信じる強い光が、白銀の瞳に宿っていた。
その時、クロの耳がぴくりと動く。
「……来る」
短い一言だった。
ライもすぐに立ち上がり、北の方角を鋭く睨む。
「王」
その声には、先ほどまでの余裕はない。
レオンも剣の柄へ手を添える。
風が強く吹き抜けた。
白い雪が舞い上がる。
その奥から、ゆっくりと複数の黒い影が姿を現し始めていた。
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