第五十話 白銀の結界
予約忘れてました。本日1話目の投稿です。
張り詰めていた空気が、一瞬で凍り付いた。
「北の結界が侵食されています!」
青年の報告に、集まっていた人々の表情から笑みが消える。安堵に包まれていた集落は再び静まり返り、子どもたちは不安そうに大人の後ろへ身を寄せた。白い雪を運んでいた風まで重くなったように感じられ、レオンは自然と北の空を見上げる。
「案内してください」
ユキが迷いなく言う。
先ほどまで故郷へ帰ってきた少女の表情を浮かべていた彼女は、もういない。巫女としての凛とした眼差しが戻り、真っ直ぐ前を見据えている。その姿を見た白猫族の人々は、小さく頷きながら道を開いた。
「レオンさんも……お願いします」
「もちろん」
レオンは力強く頷く。
ライも肩の上で立ち上がり、金色の瞳を細めた。
「へっ、休憩は後回しか」
「文句あるの?」
アカネが笑う。
「あるわけねぇだろ。面倒事ならまとめて片付けるだけだ」
「その意気!」
アカネは嬉しそうに尻尾を揺らす。
そんな二匹を見て、緊張していたミルの口元にも小さな笑みが浮かんだ。
集落の中を歩くと、白猫族の暮らしが少しずつ見えてくる。
家々は雪に埋もれないよう高い土台の上へ建てられ、屋根には厚く雪が積もっていた。煙突からは白い煙がゆっくりと立ち上り、窓辺には氷の結晶を模した飾りが並んでいる。厳しい土地でありながら、その景色にはどこか温かな生活の息遣いが残っていた。
「きれいな村ですね」
ミアが静かに微笑む。
「昔はもっと賑やかだったんです」
ユキは少し寂しそうに笑った。
「冬祭りの日になると、広場いっぱいに灯りが並んで……子どもたちが夜遅くまで走り回っていました」
その声を聞いたミルが懐かしそうに頷く。
「シラユキ様も来てくれたよね」
「ええ」
ユキの表情が柔らかくなる。
「子どもたちと一緒に雪だるまを作って、最後はみんなで笑っていました」
レオンは思わず笑みを浮かべた。
守護神獣という言葉から想像していた厳かな存在とは違う。そんな優しい神獣だからこそ、この土地の人々は心から慕っているのだろう。
「だから助けたいんだね」
レオンが言うと、ユキは迷わず頷いた。
「はい」
その一言には、強い決意が込められていた。
やがて一行は集落の北側へ辿り着く。
そこには高さ三メートルほどの石柱が円を描くように並び、それぞれの柱には淡い青白い光が流れていた。本来なら白銀に輝くはずの結界は、ところどころ黒く染まり、不気味な亀裂が蜘蛛の巣のように広がっている。
フェリスが静かに石柱へ手を添えた。
「これは……」
瞳を閉じ、ゆっくりと魔力を探る。
流れている力はまだ残っている。だが、その奥へ黒い何かが絡み付き、少しずつ結界そのものを蝕んでいた。まるで毒が水へ溶け込むように、静かに、確実に侵食が進んでいる。
「修復はできますか?」
ユキが尋ねる。
フェリスは静かに首を横へ振った。
「今ここだけを直しても意味がありません」
「どうして?」
アカネが首を傾げる。
「原因が別にあります」
フェリスは黒く染まった亀裂を見つめる。
「この結界は外から壊されているのではありません。どこかから流れ込む黒い魔力によって、中から蝕まれています」
その言葉に、その場の空気が重くなる。
「つまり……」
レオンがゆっくり口を開く。
「発生源を止めない限り、結界は壊れ続けるってこと?」
「その通りです」
フェリスは頷いた。
「そして、その流れは北へ続いています」
全員の視線が北の雪山へ向く。
白く輝く山々の向こうには、黒い雲のような雪が静かに渦巻いていた。その景色を見つめるユキは、小さく胸元で手を握り締める。
「シラユキ様も……きっとあちらへ」
風が強く吹いた。
その風に乗って、一片の黒い雪がゆっくりと舞い落ちる。
ライはそれを前足で弾き飛ばし、低く鼻を鳴らした。
「決まりだな」
レオンは黒い雪が消えていく様子を見つめる。
守るだけでは終わらない。
結界を救うためには、その先へ進まなければならない。
そう理解した瞬間、胸元の猫王の紋章が静かに、しかし力強く脈打った。
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