第四十九話 白銀の集落
本日3話目の投稿です。
リクトの案内で、一行は白銀の雪原を歩き続けていた。
森を抜けると視界は一気に開け、どこまでも白い世界が広がる。風が雪をさらうたび、細かな粉雪が陽射しを受けて淡く輝いた。遠くには雪化粧をまとった山々が連なり、その麓には白い煙がゆっくりと空へ昇っている。レオンはその景色を見つめながら、小さく息を吐いた。
「煙……」
「集落です」
リクトが静かに答える。
「あそこが、白猫族の里です」
ユキの表情が少しだけ和らぐ。
故郷が見えた安心からか、その歩幅は先ほどまでよりも自然と速くなっていた。ミルも嬉しそうに前を見つめているが、傷はまだ癒えておらず、無理をしないようレオンが歩幅を合わせていた。
「あと少しですね」
ミアが優しく微笑む。
「はい」
ユキは頷く。
「皆さんのおかげで、帰って来られました」
風が頬を撫でる。
冷たいはずなのに、不思議とその風はどこか懐かしかった。ユキは白銀の景色を見渡し、小さく目を細める。その横顔には巫女ではなく、一人の少女として故郷を想う穏やかな表情が浮かんでいた。
ライはレオンの肩で鼻を鳴らす。
「へっ、やっと着くか」
「疲れた?」
アカネが笑う。
「誰がだ。俺はまだまだ暴れ足りねぇよ」
「さっきあれだけ雷ぶっ放してたのに?」
「準備運動だ」
「うわ、強がってる」
「強がりじゃねぇ!」
二匹のやり取りに、ミルが思わず吹き出した。
その笑い声を聞いて、リクトたちも顔を見合わせる。久しく聞いていなかった子どもの笑い声だったのだろう。張り詰めていた表情が少しだけ柔らかくなり、重苦しかった空気にも小さな温もりが戻っていた。
やがて雪原の先に、木造の柵が姿を現す。
丸太を組み合わせて築かれた外壁は高くはないが、その表面には魔法陣のような紋様が細かく刻まれていた。所々には新しい木材が打ち付けられ、何度も補修を繰り返してきたことが一目で分かる。門の両脇では白猫族の見張りが槍を手に立っていた。
「リクト様!」
見張りの青年が声を上げる。
「ユキ様がお戻りになりました!」
その一声は集落中へ響いた。
静かだった村が、一気にざわめき始める。家々の扉が次々と開き、老人や子ども、女性たちが雪を踏みながら門へ集まってきた。その誰もがユキの姿を見つけると目を潤ませ、安堵したように胸へ手を当てる。
「ユキ様……!」
「本当にご無事で……!」
「良かった……」
ユキは驚いたように足を止めた。
これほど多くの人が待っていてくれたとは思っていなかったのだろう。目を丸くしたまま立ち尽くすユキへ、一人の老女がゆっくりと歩み寄る。
「お帰りなさいませ」
その優しい声を聞いた瞬間、ユキの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちた。
「ただいま……戻りました」
それだけ言うのが精一杯だった。
老女は何も言わず、そっとユキの両手を包み込む。周囲にいた人々も静かに頭を下げ、無事に帰ってきた巫女を温かく迎えていた。誰も大きな声は上げない。ただ、その場に流れる安堵の空気だけが、長く続いた不安を物語っていた。
レオンはその光景を少し離れた場所から見つめていた。
「……良かったね」
自然と零れた言葉だった。
ミアも小さく頷く。
「帰る場所があるって、素敵なことですね」
その言葉にレオンは静かに笑う。
旅を続ける自分たちにも、いつかこんな風に帰れる場所ができるのだろうか。そんなことを考えながら、白猫族の人々が見せる笑顔を眺めていた。
しかし、その穏やかな空気は長くは続かなかった。
「ユキ様!」
一人の青年が息を切らしながら雪を駆けてくる。
「結界が……!」
その声に、その場の空気が一変した。
「どうしたのですか」
ユキが振り向く。
青年は荒い息を整える間もなく叫んだ。
「北の結界が、また黒い雪に侵食されています!」
笑顔が消える。
安堵に包まれていた集落へ、再び緊張が走った。
レオンは北の空を見上げる。
遠く離れた雪山の向こうで、黒い雪がゆっくりと空へ舞い上がっていた。
白銀の大地の戦いは、まだ始まったばかりだった。
閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。




