第四十八話 白猫族の迎え
本日2話目の投稿です。
風に乗って現れた人影は、ゆっくりと雪原を歩いていた。
白い外套を身にまとった五人の男女は、それぞれ槍や弓を手に周囲を警戒している。肩や裾には白猫族特有の銀色の刺繍が施されていたが、その布は所々が破れ、長く続く戦いを物語るように黒い汚れが残っていた。レオンは剣の柄から手を離さず、その様子を静かに見つめる。
「止まってください!」
先頭を歩く青年が声を張る。
雪原へ緊張が走る。
青年は槍を構えたまま一行との距離を保ち、その後ろにいる仲間たちも武器を下ろそうとはしない。警戒しているのは明らかだったが、その瞳には敵意よりも疲労の色が濃く浮かんでいた。
「あなたたちは何者ですか」
青年の問いに、ユキが一歩前へ出る。
「リクトさん」
その声を聞いた瞬間、青年の表情が固まった。
「……ユキ様?」
信じられないものを見たように目を見開き、次の瞬間には槍を雪の上へ落として駆け寄ってくる。
「ご無事だったんですね!」
「はい」
ユキも安堵したように微笑んだ。
「心配を掛けてしまって、ごめんなさい」
「謝らないでください!」
リクトは勢いよく首を振る。
「皆、ユキ様が戻られることを信じていました。ですが、それ以上に……」
言葉を切ったリクトは、ゆっくりとレオンたちへ視線を向けた。
「その方々は?」
ユキは穏やかな表情で振り返る。
「猫王様です」
静かな一言だった。
しかし、その場の空気は一瞬で変わる。
「猫王……?」
白猫族の者たちは互いに顔を見合わせる。
伝承の中だけで語られてきた存在が、本当に目の前へ現れた。その事実をすぐには受け止めきれないのだろう。誰もが戸惑いながらレオンを見つめていた。
レオンは少し照れたように頭を掻く。
「えっと……レオンです」
その一言に、ライが肩の上で吹き出した。
「王、そういうとこだよな」
「だって急に猫王って言われても……。」
「そこは胸張っとけって」
ライは呆れたように笑う。
そのやり取りを見た白猫族の人々は一瞬きょとんとしたが、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。リクトも思わず小さく笑い、固くなっていた肩から力を抜く。
「ユキ様らしい方を連れて来られましたね」
「ふふっ」
ユキは嬉しそうに笑った。
「猫王様は、こういうお方なんです」
その言葉に、レオンは少しだけ照れくさそうに頬を掻く。
フェリスは白猫族の様子を静かに観察していた。
五人とも目の下には隈があり、鎧には何度も補修した跡が残っている。武器も新品とは程遠く、刃こぼれや傷が目立っていた。それでも誰一人弱音を吐かず、この雪原を守り続けてきたことが、その立ち姿から伝わってくる。
「かなり消耗していますね」
フェリスが静かに呟く。
リクトは苦笑いを浮かべた。
「もう何日も休めていません」
風が静かに雪を運ぶ。
その声には疲労だけではなく、諦めに近い響きも混じっていた。
「昼も夜も関係ありません。黒い雪に侵された魔物が、いつ現れるか分からないんです」
「そんな……」
ミアが息を呑む。
リクトは雪原の北を見つめた。
「集落も結界で守っていますが、長くは持ちません」
「結界が……」
ユキの表情が曇る。
「はい」
リクトは静かに頷いた。
「日に日に弱くなっています。」
その言葉を聞いたミルは、小さく拳を握り締めた。
故郷を守れなかった悔しさが、幼い表情へ滲んでいる。
レオンはそんなミルの肩へそっと手を置いた。
「大丈夫」
短い言葉だった。
けれど、その声には不思議と安心感があった。
「僕たちが来た」
ミルはゆっくりと顔を上げる。
レオンの瞳には迷いがない。
その真っ直ぐな眼差しを見ているうちに、不安で揺れていた胸の奥へ、小さな希望が灯るのを感じた。
リクトは深く頭を下げる。
「お願いします」
その一言には、白猫族全員の願いが込められているようだった。
「どうか……白銀の大地を救ってください」
レオンは力強く頷く。
「必ず」
その返事は決して大きな声ではなかった。
それでも雪原を吹き抜ける風に乗って、まっすぐ白銀の空へ届いていくようだった。
リクトは静かに踵を返す。
「集落はもうすぐです」
その言葉とともに、一行は白猫族の案内で雪原を歩き始めた。
白銀の世界の奥。
吹雪の向こうには、小さく灯る明かりが見え始めていた。
それは長い戦いの中でも消えることのなかった、白猫族最後の希望の灯だった。
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