第四十四話 黒い雪の獣
本日1話目の投稿です。
「まだ終わっていない」
レオンの胸元に刻まれた猫王の紋章が、鼓動に合わせるように強く脈打った。
雷に包まれた黒い獣は苦しげな唸り声を上げながらも倒れない。裂けた傷口へ黒い霧が吸い寄せられ、砕けた肉や骨までも元へ戻していく。その異様な光景に、白銀の森は再び重苦しい静寂へ包まれた。吹き抜ける風さえ冷たく淀み、舞い落ちる雪はどこか色を失って見える。
『へっ……なるほどな』
巨大な神猫の姿のまま、ライが低く笑う。
『力比べじゃねぇってことか。何度ぶん殴っても、その黒いモヤが傷を塞いじまう。だったら、その根っこを叩けばいいだけだ!』
黒い獣が咆哮する。
森を震わせるほどの叫びとともに、全身から黒い霧が噴き出した。霧は蛇のように地面を這い、白い雪を飲み込みながらレオンたちへ迫ってくる。通り過ぎた場所の雪は灰色へ変わり、小さな草花は一瞬で凍り付き、その命を奪われていた。
「近付けさせません!」
ミアが前へ出る。
優しい表情は消え、真っ直ぐな眼差しが黒い霧を見据えた。手のひらへ集まった淡い光は風のように広がり、迫る霧とぶつかる。柔らかな光は霧を押し返したものの、完全に浄化することはできず、互いの力がせめぎ合うように空中で揺れ続けた。
「浄化が……効き切らない?」
ミアが息を呑む。
フェリスは冷静にその様子を見つめていた。
「予想どおりです。これは災厄そのものではありません。しかし、災厄に極めて近い性質を持っています」
「近い?」
レオンが尋ねる。
「はい。何者かが災厄の力を歪め、別の形へ変えています」
その言葉に、ユキの表情が凍り付いた。
「そんなことが……」
「本来なら不可能でしょう」
フェリスは静かに続ける。
「ですが、現実に起きています」
クロが雪の上へ身を低くした。
鋭い瞳は獣ではなく、その背後に漂う黒い霧を見つめている。風向きを読むように耳を動かし、小さく鼻を鳴らした。
「……あそこ」
クロの視線の先。
獣の胸の奥で、小さな黒い結晶が脈打っていた。
鼓動。
まるで心臓のように、不気味な光を放っている。
「王!」
ライが叫ぶ。
『あれだ! あれを壊せ!』
レオンは頷く。
胸元の紋章がさらに熱を帯びる。まるで同じものを感じ取っているかのように、その輝きは黒い結晶へ反応していた。
黒い獣が再び飛び掛かる。
巨大な牙がレオンへ迫る、その瞬間だった。
「させません!」
ユキが両手を胸の前で重ねる。
白い光が雪原へ広がった。
足元の雪が淡く輝き、小さな魔法陣が一瞬だけ浮かび上がる。透明な氷の壁がレオンの前へ現れ、黒い獣の牙を受け止めた。激しい衝撃で壁には幾筋ものひびが走るが、それでも獣の動きをわずかに止めることには成功した。
「今です!」
ユキの叫びが森へ響く。
『行けぇぇぇぇっ! 王!』
ライが雷鳴とともに突撃する。
巨大な体当たりが黒い獣を横から弾き飛ばし、その巨体は雪原を大きく転がった。雷光が弾け、舞い上がった雪が黄金色に染まる。その一瞬だけ、黒い結晶がはっきりと姿を現した。
レオンは剣を握る。
胸元の紋章から流れ込む温かな力が、刃へ静かに宿っていく。
今までとは違う。
災厄の核で感じた優しい力とも、勇者だった頃の力とも違う。
猫王としての力。
それが初めて、自分の意志へ応えてくれている。
「みんな!」
レオンが振り返る。
仲間たちは迷わず頷いた。
ライは豪快に笑い、クロは静かに構える。ミアは光を集め、フェリスは魔力の流れを見極めるように目を閉じた。アカネは牙を見せながら尻尾を大きく振り、ユキは祈るように両手を重ねる。
誰一人として迷っていない。
「行く!」
レオンは雪を蹴った。
白い雪原へ一本の足跡が刻まれる。
その足跡は、ただ前へ進むためのものではない。
白銀の大地を救うため。
黒い雪の謎を暴くため。
そして、この世界に残る災いの根源へ辿り着くための、新たな一歩だった。
閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。




