第四十話 白銀の少女
本日3話目の投稿です。またストックやばいのでもしかしたら投稿頻度減るかもです。
「猫王様」
その一言に、一行全員が静かに足を止めた。
森は風さえも息を潜めたように静まり返っている。木々の隙間から差し込む柔らかな陽射しが少女の白銀の髪を照らし、雪のように白い猫耳と尻尾が淡く輝いて見えた。厚手の白い外套はところどころ擦り切れており、長い旅を一人で続けてきたことが一目で分かる。その小さな肩は緊張で震えていたが、蒼い瞳だけは真っ直ぐレオンだけを見つめ続けていた。
レオンは胸元へそっと手を添える。そこには猫王の紋章が静かに輝いていた。黒竜との戦いを経て、自分が猫王であることはもう受け入れている。その力も責任も、自分が背負うべきものだと理解していた。だから驚いたのは、自分が猫王だったことではない。
「……僕を探していたんですか?」
レオンが優しく問い掛けると、少女は唇を震わせながら何度も頷いた。
「はい……ずっと、お待ちしていました」
その一言が、少女の心を支えていた最後の糸だった。張り詰めていた緊張がほどけ、頬を伝う涙がぽろりと零れ落ちる。必死に袖で拭おうとしても次から次へと溢れ、やがて小さな肩まで震え始めた。その姿は、長い間たった一人で希望だけを信じ続けてきた時間の重さを物語っていた。
「お、おいおい! そんな泣かれると、こっちまで困っちまうぞ!」
レオンの肩に乗っていたライが思わず声を上げる。
「おい、泣くな! ほら、笑え! 笑った方が絶対いい!」
ミアの肩からアカネが勢いよく飛び降り、一直線にユキの前まで駆け寄った。ぐっと顔を近付けて放たれた言葉は、飾りも慰めもない。けれど、本気でそう思ったから口にしただけの不器用な優しさだった。その真っ直ぐさに触れた瞬間、ユキの張り詰めていた心が少しだけ軽くなる。
「あ……」
涙で濡れた瞳がゆっくりと細くなる。ぎこちなく、それでも確かに口元が綻んだ。驚きと戸惑いの中に、小さな安堵が混じっていく。森の冷たい空気の中で、その笑顔は雪解けの光のように儚く見えた。
「……ありがとう、ございます」
「へへっ! それでいい!」
アカネは満足そうに笑い、得意げに胸を張った。その様子を見たライが豪快に笑い、フェリスは小さく肩をすくめる。クロは少し離れた場所から、静かにユキだけを見ていた。
「さすがアカネだ!」
「だろ!」
「相変わらず一直線ですね。」
「なんだそれ!」
「褒めています。」
「ほんとか?」
「本当ですよ。」
ライがまた吹き出すと、アカネは照れ隠しのように尻尾を大きく揺らした。その騒がしいやり取りを見て、ユキは思わず小さく吹き出す。誰かとこんなふうに笑い合う空気の中にいるのは、きっと久しぶりだったのだろう。自分でも驚いたように、ユキは口元へそっと手を当てた。
「……笑った。」
少し離れた場所からクロが静かに呟く。
その短い一言に、全員の視線がユキへ集まった。ユキは恥ずかしそうに目を伏せる。けれど、その表情にはもう先ほどまでの強張りはない。最後に心から笑ったのがいつだったのか思い出せないほど、長い間不安と責任だけを抱えてきたのだと、レオンには自然と伝わってきた。
「少し落ち着きましたか?」
レオンが優しく尋ねると、ユキはまだ赤い目元のまま小さく頷いた。
「……はい」
その声はか細かったが、先ほどよりも確かに落ち着いていた。震えていた肩も少しずつ静まり、蒼い瞳には安心したような温もりが宿り始めている。レオンは急かさず、ユキが自分の言葉で話せるのを待った。
「まだ自己紹介をしていませんでしたね。僕はレオンです。こっちはミア、ライ、アカネ、クロ、フェリスです」
レオンが穏やかに紹介すると、ミアは優しく微笑み、ライは肩の上で元気よく前足を上げた。アカネは得意げに胸を張り、クロは短く視線だけで応える。フェリスは静かに一礼した。その一つひとつを見つめながら、ユキは小さく頭を下げる。
「私はユキと申します。白銀の大地で、猫王様をお迎えする巫女を務めています」
その所作は美しく、幼い頃から礼儀を大切に教えられてきたことが自然と伝わってくる。だが、言葉の端にはまだ不慣れな緊張が残っていた。人と話す機会が少なかったのか、それともずっと大きな役目を背負ってきたのか。レオンはそのどちらもあり得ると思った。
「猫王を迎える……?」
ユキは静かに頷いた。
「はい。私たち白猫族は、代々その役目を受け継いできました」
冷たい風が森を吹き抜ける。北から流れてきた風はユキの白銀の髪を揺らし、その風に呼応するようにレオンの胸元に刻まれた猫王の紋章が淡く輝き始めた。ユキはその光を見つめ、胸の前でそっと両手を重ねる。震える息の奥に、長い間守り続けてきた祈りが滲んでいた。
「伝承は……本当だった」
それは驚きではなかった。何年も、何度心が折れそうになっても信じ続けた願いが、ようやく目の前で現実になった喜びだった。ユキの蒼い瞳にはもう迷いはない。恐る恐るだった声も、次の言葉を紡ぐ時には確かな願いへ変わっていた。
「猫王様。どうか、白銀の大地へ来てください。私たちの故郷を……どうか、救ってください」
その願いは冷たい北風に乗り、一行の胸へ静かに届いた。
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