第三十九話 北への街道
本日2話目の投稿です。
こうして、猫王レオンと仲間たちの新たな旅が始まった。
王都を吹き抜けていた暖かな風は、一歩北へ進むごとに少しずつ冷たさを増していく。石畳だった街道はやがて土の道へ変わり、その両脇には深い森が広がっていた。木々の葉はまだ青々としているものの、北から流れてくる風だけは冬の気配を運び、旅人たちの頬を静かに撫でていく。
レオンの肩では、ライが大きく欠伸をした。
「……まだ少し眠いな」
「さっきまで寝てたじゃないか」
レオンが苦笑すると、ライは照れ隠しのように尻尾を揺らす。その様子を見たミアも思わず笑みを零し、肩に乗ったアカネは呆れたように小さくため息を吐いた。
「ライは本当に緊張感がありませんね」
「旅は力を抜く時も大事なんだぞ!」
「それを出発して十分で言う人は初めて見ました」
フェリスの静かな一言に、一行から笑い声が漏れる。
災厄との戦いを終えてから初めての穏やかな旅路だった。張り詰めた空気はもうない。誰もが自然と笑い合える時間が戻ってきたことに、レオンは胸の奥が温かくなるのを感じていた。
少し前方では、クロが音もなく森の縁を歩いていた。
黒い毛並みは木陰へ溶け込み、気配を消したまま周囲を見渡している。枝へ飛び乗ったかと思えば地面へ降り、風の流れや草木の揺れを静かに観察していた。その姿はまるで森そのものと一体になっているようで、敵に見つかることはまずないだろう。
フェリスはレオンの隣を静かに歩いている。
一定の歩幅を崩すことなく周囲へ視線を配り、ときおり後ろを振り返って仲間全員の位置を確認していた。その穏やかな瞳には油断はなく、平和な旅路であっても警戒を怠らない性格がよく表れている。
「みんな変わりませんね」
ミアが微笑む。
「何が?」
「いつもの並びです」
その言葉にレオンは周囲を見回した。
ライは肩の上。
アカネはミアの肩。
クロは少し先で偵察を続け、フェリスは隣を歩いている。
初めて旅へ出た頃から少しずつ形になってきた、この一行だけの歩き方だった。
「確かに」
レオンは笑う。
「なんだか安心するね」
その時だった。
ピクリ。
クロの耳が僅かに動く。
歩みを止めたクロは鼻を小さく鳴らし、そのまま森の奥へ視線を向けた。さっきまで穏やかだった表情が少しだけ鋭くなり、尻尾も真っ直ぐ伸びている。
「どうした?」
レオンが声を掛ける。
クロはすぐには答えない。
ゆっくりと森の中へ入り、数歩進んだところで立ち止まると、静かに振り返った。
「……誰かいます」
その一言で空気が変わる。
ライは欠伸を止めてレオンの肩から身を起こし、アカネもミアの肩の上で耳を立てる。フェリスはレオンの一歩前へ出ると、静かに森の奥を見据えた。
レオンは気配を探る。
敵意は感じない。
だが、確かに誰かがいる。
しかも、その気配は隠れることに慣れていない。息遣いも、足音も、森の獣にしては不自然だった。
「出てきてください」
レオンが静かに呼び掛ける。
返事はない。
森は静まり返ったまま、風が葉を揺らす音だけが響いている。
「大丈夫です」
レオンはもう一度言った。
「僕たちは戦いに来たわけじゃありません」
その言葉が森へ吸い込まれていく。
やがて茂みが小さく揺れた。
ガサリ、と枝葉を掻き分ける音が聞こえ、一人の小さな影が恐る恐る姿を現す。
白銀色の髪。
雪のように白い耳。
そして、ふさふさとした白い猫の尻尾。
年齢はレオンたちより少し幼いだろうか。
厚手の外套へ身を包んだ少女は、不安そうな蒼い瞳でレオンたちを見つめていた。
その瞳がレオンの胸元へ向けられた瞬間、猫王の紋章が淡く輝く。
少女は目を大きく見開いた。
「……やっと」
震える声だった。
今にも泣き出しそうなその声は、風に消えそうなほど小さい。
「やっと……見つけました」
レオンは息を呑む。
少女もまた、レオンを見つめたまま涙を零した。
「猫王様」
その一言に、一行全員が静かに息を飲んだ。
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