第三十八話 旅立ちの朝
本日1話目の投稿です。
災厄は終わった。
けれど、レオンの旅はまだ終わらない。
北の果てで待つ新たな出会いが、再び猫王を導こうとしていた。
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翌朝。
王都は久しぶりに穏やかな朝を迎えていた。
東の空から差し込む朝日が石畳を黄金色に染め、壊れた建物の隙間からも柔らかな光が差し込んでいる。瓦礫の撤去はまだ終わっていない。それでも街には昨日までにはなかった活気が戻り始め、人々は笑顔こそ少ないものの、それぞれが復興へ向けて静かに動き出していた。
レオンは宿の窓から王都を見下ろす。
胸の奥では猫王の紋章が、相変わらず小さく鼓動を刻んでいる。その鼓動は昨日よりも穏やかだったが、北を向くたびに少しだけ強くなった。急かすようなものではない。ただ「待っている」という意思だけが、静かに伝わってくる。
「やっぱり……呼ばれてる」
レオンは小さく呟く。
その声に応えるように、窓辺へ白い猫が飛び乗った。
猫神だった。
朝日に照らされた白い毛並みは淡く輝き、その黄金の瞳にはどこか楽しそうな色が宿っている。いつものように軽やかな足取りで窓枠へ腰を下ろすと、王都の景色を眺めながら静かに尻尾を揺らした。
「眠れたかい?」
「少しだけ」
レオンは苦笑する。
「夢を見ました」
猫神は何も言わず続きを待った。
「雪でした」
レオンは遠くを見るように目を細める。
「どこまでも白くて、静かで……誰かが僕を待っている夢でした」
窓の外から風が吹き込む。
冷たい風だった。
まだ春のはずなのに、その風だけは真冬のような冷たさを帯びている。その冷気は一瞬で消えたが、北から届いたことだけははっきりと分かった。
「夢じゃないよ」
猫神は静かに言う。
「聖域は猫王を呼んでいる」
短い一言だった。
だが、その言葉には確信があった。
レオンは胸元へ手を当てる。
鼓動は穏やかなままだ。
それでも耳を澄ませば、遠くで誰かが息を潜めて待ち続けているような気配を感じる。その存在は決して敵ではない。むしろ長い年月を越えて、ようやく猫王が現れる日を信じ続けてきたような、そんな優しい温もりだった。
宿の扉が勢いよく開く。
「レオン!」
ライの大きな声が廊下へ響いた。
その後ろにはミアと、ライ、アカネ、クロ、フェリスの四匹も揃っていた。神猫たちは普段と変わらない猫の姿だったが、それぞれ首元の装具を整え、尻尾を立てながら出発の時を待っている。長い戦いを乗り越えたことで、その瞳には新たな旅へ向かう決意が静かに宿っていた。
「準備できたぞ!」
ライが笑う。
「今度は雪山なんだろ? 暖かい服も借りてきた!」
そう言って大きな荷物を掲げる。
アカネは思わず吹き出し、ミアも口元へ手を当てながら笑った。張り詰めていた空気が少しだけ和らぎ、レオンも自然と笑顔になる。
「ありがとう」
その一言だけで十分だった。
仲間たちは何も聞かない。
なぜ北へ向かうのか。
そこに何が待っているのか。
分からないことばかりだ。
それでも誰一人として迷っていない。その信頼が、レオンには何よりも心強かった。
王都の正門では、多くの人々が集まっていた。
旅立つ一行を見送るためだった。
復興作業の手を止めた職人たち。
傷の癒えない兵士たち。
子供を抱いた母親。
街の商人や老人たち。
皆が自然と門の前へ集まり、レオンたちを見つめている。
騎士団長が一歩前へ出る。
「本来なら引き止めたい」
その言葉に、レオンたちは静かに耳を傾ける。
「この国はまだ傷だらけだ」
騎士団長は王都を振り返る。
崩れた城壁。
修復途中の建物。
失われた命。
その全てが、災厄の爪痕として今も残っている。
「だが、お前たちは止まる人間じゃない」
騎士団長は笑った。
「だから行け」
その声には、この国を託すような信頼が込められていた。
「世界を救ってこい」
レオンは深く頭を下げる。
「必ず帰ってきます」
その約束に、騎士団長は静かに頷いた。
王都の門がゆっくりと開く。
重厚な門扉が軋む音は、新たな旅路の始まりを告げる鐘のように響いた。その向こうには広大な草原が広がり、さらに遠くには北へ続く山脈が霞んで見える。あの山々を越えた先に、白銀の大地が待っているのだ。
レオンは一歩踏み出す。
仲間たちも続く。
誰も振り返らない。
守るべき場所があるからこそ、前へ進める。
その想いを胸に、一行は北への道を歩き始めた。
暖かな王都の風は、少しずつ冷たい風へ変わっていく。
空を見上げると、一羽の白い鳥が静かに北へ飛んでいた。
まるで道案内をするように。
まるで、長い間待ち続けた客人を迎えに来たように。
レオンはその鳥を見つめ、小さく微笑む。
「行こう」
その一言に、仲間たちは力強く頷いた。
こうして、猫王レオンと仲間たちの新たな旅が始まる。
その旅路の果てで待つものが、世界の希望なのか、それとも新たな試練なのか。
まだ誰も知らなかった。
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