第三十四話 目覚め
本日2話目の投稿です。
レオンの意識は現実世界へと帰っていった――。
眩い光がゆっくりと薄れていく。
閉じていた瞼の向こうから差し込む光は暖かく、先ほどまでいた赤黒い世界とはまるで違っていた。冷たく張り詰めていた空気は消え、代わりに風の匂いと土の匂いが鼻先をくすぐる。遠くから聞こえる誰かの声が、少しずつ現実へ引き戻していった。
「レオンさん!」
聞き慣れた声だった。
レオンはゆっくりと瞼を開く。
ぼやけていた視界が少しずつ鮮明になり、最初に飛び込んできたのは涙を浮かべたミアの顔だった。その後ろではアカネやライ、クロ、フェリスたちが息を呑んだままこちらを見つめている。誰もが無事を信じながら、それでも不安を拭い切れずに待ち続けていたのだ。
「……帰ってきた」
レオンが小さく呟く。
その一言を聞いた瞬間、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
「本当に帰ってきた!」
ライが大声を上げる。
アカネは嬉しそうに炎を揺らし、クロは静かに目を閉じて安堵の息を吐いた。普段は感情をあまり表へ出さないフェリスでさえ、小さく微笑みながら胸へ手を当てている。その場にいた全員が、レオンの帰還を心から喜んでいた。
ミアは目元を拭いながら笑った。
「心配したんですよ」
その声は少し震えていた。
レオンは思わず苦笑する。
「ごめんなさい」
そう答えた瞬間、ミアは少しだけ頬を膨らませた。
「本当に心配したんですから」
その言葉に周囲から小さな笑いが漏れる。
張り詰めていた空気は消え、ようやく王都にも穏やかな時間が戻ってきたようだった。
だが、その時だった。
ゴォォォォォ――ッ!
空気を震わせるような咆哮が王都中へ響き渡る。
兵士たちが一斉に空を見上げる。
レオンも反射的に振り返った。
王都の上空では、巨大な黒竜が静かに翼を広げていた。
誰も動けなかった。
つい先ほどまで世界を滅ぼそうとしていた存在が、今も王都の空を覆っている。その姿を見れば恐怖を覚えるのは当然だった。兵士たちは剣を構えることも忘れ、ただ固唾を呑んで見守るしかなかった。
「まさか……」
誰かが震える声で呟く。
「まだ終わってないのか……」
不安が広がる。
黒竜は何も語らない。
ただゆっくりと王都を見渡している。その巨大な翼が風を巻き起こし、瓦礫の上を柔らかな風が吹き抜けていく。その姿には以前のような禍々しさはなかった。それでも人々の記憶に刻まれた恐怖は簡単には消えない。
レオンは黒竜を見上げる。
真紅だった瞳は、もう金色へ変わっていた。
核の中で見た穏やかな瞳と同じだった。
「大丈夫です」
レオンは静かに言う。
ミアたちが振り返る。
レオンは黒竜から目を離さない。
「あの竜は、もう敵じゃありません」
その言葉が王都へ静かに響く。
兵士たちは戸惑っていた。
目の前にいるのは災厄の象徴だ。信じたい気持ちと恐れる気持ちが入り混じり、誰も判断できずにいる。
その沈黙を破るように、黒竜はゆっくりと高度を下げ始めた。
巨大な翼が静かに羽ばたく。
以前なら一振りするだけで暴風を巻き起こしていた翼は、今は王都へ負担を掛けないように慎重に風を逃がしている。その小さな仕草だけでも、黒竜が変わったことは伝わってきた。
やがて黒竜は王都の外れへ静かに降り立つ。
巨大な体が大地へ触れても、不思議なくらい衝撃は小さかった。ゆっくりと膝を折り、まるで人々へ頭を下げるように首を垂れる。その姿を見た瞬間、王都全体が静まり返った。
誰も予想していなかった。
災厄と恐れられた黒竜が、自ら頭を下げたのだ。
黒竜は静かに目を閉じる。
そして誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
『……すまなかった』
その謝罪は世界へ向けたものだった。
災厄となってしまった自分への。
守れなかった人々への。
そして千五百年もの間、苦しみ続けた全ての命への謝罪だった。
レオンはゆっくりと黒竜へ歩き出す。
兵士たちは驚いたように道を開けた。
誰も止めない。
いや、止められなかった。
レオンは黒竜の前まで歩いていく。
巨大な頭は今も地面へ伏せられたままだった。
「もういいんです」
レオンは優しく微笑む。
「帰ってきてくれて、ありがとうございます」
黒竜の瞳がゆっくりと開かれる。
その金色の瞳には、青空が映っていた。
千五百年ぶりに見る、本当の空だった。
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