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神獣使いではなく猫使いです  作者: 猫屋敷 春人
第四章 千五百年の約束

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第三十話 救われない理由

本日1話目です。予約投稿忘れてました。

いつの間にか1000PV超えてました。常々ありがとうございます。

真紅の瞳が大きく揺れる。


千五百年という長い時間の中で積み重なった絶望。その奥底に沈んでいた何かが、レオンの言葉によってわずかに揺らいでいた。全身へ絡み付く黒い鎖は不気味な音を立てて軋み、赤黒い結晶も激しく脈打っている。まるで黒竜の心そのものが抗うように震えていた。


『違う』


黒竜が苦しそうに呟く。


『私は諦めた』


その声には迷いがなかった。何度も何度も自分へ言い聞かせてきた言葉なのだろう。希望を持たないために。これ以上傷付かないために。長い年月をかけて、自分自身へ刻み込んできた絶望だった。


「本当にそうですか?」


レオンは静かに尋ねる。


黒竜は答えない。


だが、その沈黙だけで十分だった。もし本当に全てを諦めているのなら、わざわざ言い返す必要などない。レオンは黒竜の瞳を見つめながら、胸の奥で確信に近いものを感じていた。


「諦めた人は助けを求めません」


空間が静まり返る。


赤黒い結晶の脈動だけが響く中、黒竜はじっとレオンを見下ろしていた。その巨大な体は山のように大きい。だが今のレオンには、どこか迷子の子供のようにも見えていた。


「僕は聞きました」


レオンは一歩前へ進む。


「王都で。あの日。あなたの声を」


黒竜の瞳が揺れる。


全身へ巻き付いた鎖が大きく軋み、その度に黒い霧のようなものが滲み出した。触れられたくなかった記憶なのだろう。だがレオンは目を逸らさない。


「助けてって言いましたよね」


その瞬間、空間全体が大きく震えた。


赤黒い結晶が激しく明滅し、黒竜の体へ絡み付いた鎖も暴れるように蠢く。まるで何かが必死にその言葉を否定しようとしているようだった。


『やめろ』


黒竜の声が響く。


先ほどよりも強い声だった。


だが怒りではない。


恐怖だった。


『それ以上言うな』


巨大な体が震えている。


レオンはその姿を見て、胸の奥が痛くなった。黒竜はレオンを拒絶しているのではない。希望を持つことを恐れているのだ。もう一度信じて、もし裏切られたら耐えられない。その恐怖が黒竜を縛り続けていた。


「大丈夫です」


レオンは静かに言った。


黒竜が目を見開く。


その一言は不思議なほど自然に口から出ていた。根拠なんてない。絶対に助けられる保証もない。それでも言わなければならない気がした。


「あなたは一人じゃないです」


黒竜の呼吸が止まる。


真紅の瞳が大きく揺れた。


その言葉は、ほんの少し前にエルが少女へ伝えた言葉と同じだった。孤独の中で苦しみ続けた存在にとって、それは何よりも強い救いだった。


『違う』


黒竜は首を振る。


だが、その声は弱々しい。


『私は守れなかった』


巨大な爪が地面を抉る。


『信じ続けられなかった』


鎖が軋む。


『最後には逃げた』


その声には深い後悔が滲んでいた。


黒竜は人間を憎んでいるわけではない。自分自身を許せないのだ。守れなかったことも、諦めてしまったことも、全てを自分の罪だと思い続けている。


レオンはゆっくりと黒竜へ近付く。


巨大な存在を前にしても足は止まらない。怖くないわけではなかった。それでも今ここで立ち止まれば、きっと黒竜は永遠に自分を許せなくなる。そんな気がした。


「それでも守ったじゃないですか」


黒竜が顔を上げる。


「最後まで戦ったじゃないですか」


レオンの声は真っ直ぐだった。


千五百年前の記憶を見た。人々が離れていく姿も見た。それでも黒竜は逃げなかった。傷だらけになりながら、人々を守るために戦い続けていた。


「誰も覚えてなくても」


さらに一歩前へ出る。


「僕は見ました」


黒竜の瞳が震える。


「あなたが守っていたことを」


その瞬間だった。


全身へ絡み付いていた黒い鎖の一本が砕け散る。


鋭い音と共に黒い破片が空間へ飛び散り、赤黒い結晶も大きく揺れた。今まで決して壊れなかった鎖が初めて崩れたのだ。その光景を見た黒竜自身が、一番驚いているようだった。


『なぜだ』


黒竜が呟く。


『なぜ今さら……』


その声は震えていた。


怒りではない。


悲しみでもない。


長い間押し込めてきた感情が、ようやく溢れ出そうとしている声だった。


レオンは答える。


「今さらじゃありません」


静かな声だった。


だが、その言葉には確かな力があった。


「遅くなっただけです」


空間が静まり返る。


黒竜は何も言えなかった。


千五百年。


誰にも言われなかった言葉だった。


誰にも認められなかった時間だった。


その全てが、今少しずつ崩れ始めている。


そして次の瞬間――。


黒竜の胸元に巻き付いていた最も太い鎖へ、大きな亀裂が走った。


閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。

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