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神獣使いではなく猫使いです  作者: 猫屋敷 春人
第四章 千五百年の約束

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第二十九話 黒竜の心

本日3話目です。割と勢いでごまかして投稿ペースを一日3話にしてます。

黒竜の真紅の瞳が、亀裂の向こうからこちらを見つめていた。


その視線が向けられた瞬間、白い世界が大きく揺れる。空に走っていた亀裂はさらに広がり、その向こうから赤黒い光が溢れ出していた。穏やかだった空気は再び張り詰め始め、この世界そのものが限界を迎えつつあることを告げていた。


「時間がないみたいだね」


猫神が静かに言う。


その声に焦りはない。だが、その表情はこれまでになく真剣だった。


「災厄の核は崩壊を始めている。あの子の願いが解放されたことで均衡が崩れたんだ。このままなら核そのものが消滅する」


レオンは空を見上げた。


巨大な瞳は今もこちらを見ている。その奥には怒りも憎しみもなかった。ただ苦しみだけが残っている。あの日聞いた助けを求める声が、今も胸の奥で響いていた。


『助けて』


忘れられるはずがなかった。


黒竜は最初から敵ではなかったのだ。


災厄に侵され、誰にも救われず、千五百年もの間苦しみ続けてきた被害者だった。


「行きます」


レオンは迷わず言った。


ユウが小さく笑う。


「そう言うと思った」


その表情はどこか誇らしそうだった。かつて自分が救えなかった存在へ、今度こそ手を伸ばそうとしている。その姿に、ユウは自分の願いを重ねているのかもしれない。


「黒竜の心は核の最深部にある」


ユウは真っ直ぐレオンを見る。


「だが簡単じゃない。あいつは長い間苦しみ続けた。自分自身すら信じられなくなっている可能性がある」


レオンは頷いた。


それでも行かなければならない。


助けを求める声を聞いてしまったのだから。


その時、エルがレオンの服の裾をそっと掴んだ。


レオンが振り返る。


エルは何かを迷うように俯いていたが、やがて小さく息を吸った。


『お願いがあるの』


その声は少し震えていた。


『あの子を助けて』


レオンは黙って耳を傾ける。


エルの瞳には涙が残っていた。だがそこには悲しみだけではなく、強い決意も宿っている。


『私、ずっと見てたの』


エルは空の向こうを見つめた。


『苦しんでるところも、泣いてるところも、全部』


長い沈黙が落ちる。


千五百年。


エルもまた黒竜を見続けてきたのだ。


自分と同じように閉じ込められ、自分と同じように苦しみ続けてきた存在を。


『だから終わらせてあげて』


その言葉は願いだった。


救済を求める祈りだった。


レオンは静かに頷く。


「約束します」


短い言葉だった。


だが、それだけで十分だった。


エルは少しだけ笑う。


その笑顔には、もう以前のような絶望はなかった。


レオンは再び空を見上げる。


広がり続ける亀裂の向こうで、黒竜の瞳が揺れていた。助けを求めるように。あるいは何かを恐れるように。その巨大な存在は今も孤独の中で苦しみ続けている。


「どうすれば行けるんですか?」


レオンの問いに、猫神は空へ視線を向けた。


白い世界の中心では、少女が消えた場所から光の柱が立ち昇っている。その光は空の亀裂へ繋がり、まるで道を作るように伸びていた。


「あの道を進むんだ」


猫神が言う。


「黒竜の心へ続く最後の道だよ」


レオンは光の柱へ歩き出す。


その背中を、ユウが呼び止めた。


「レオン」


振り返る。


ユウは少しだけ笑っていた。


「ありがとう」


レオンは目を瞬かせる。


ユウは空を見上げた。


その視線の先には黒竜がいる。


千五百年前、救えなかった存在がいる。


「私は最後まで逃げた」


ユウは静かに言った。


「世界を守ることはできた。だが、あいつを救うことはできなかった」


その声に後悔が滲む。


千五百年抱え続けた傷だった。


「だから今度は頼む」


レオンは頷く。


「任せてください」


ユウは何も言わなかった。


だが、その表情はどこか救われたように見えた。


光の柱へ足を踏み入れた瞬間、世界が大きく揺れた。


視界が白く染まる。


体が浮き上がる感覚が走り、景色が一気に遠ざかっていく。白い世界も、ユウも、エルも、猫神も光の向こうへ消えていった。


やがて光が収まる。


レオンはゆっくりと目を開いた。


そこは巨大な空間だった。


天井も果ても見えない闇の中に、赤黒い結晶が無数に浮かんでいる。その一つ一つが鼓動のように脈打ち、不気味な光を放っていた。空間全体が巨大な生き物の体内のようで、息を吸うだけでも胸が圧迫されるような感覚がある。


レオンは思わず息を呑んだ。


ここが黒竜の心。


千五百年分の苦しみと絶望が閉じ込められた場所だった。


その時だった。


空間の奥で何かが動く。


赤黒い結晶の海が波打つように揺れ、その中心から巨大な影がゆっくりと姿を現した。圧倒的な存在感が空間全体を支配し、レオンは思わず足を止める。


現れたのは巨大な竜だった。


黒い鱗は鈍く光り、広げられた翼は空間そのものを覆い隠しそうなほど大きい。その体躯は山のように巨大で、ただ立っているだけで周囲の空気が震えているようだった。間違いなく黒竜だった。


だが、その姿はあまりにも痛々しかった。


全身の鱗は所々砕け、翼は裂けている。さらに黒い鎖が幾重にも巻き付き、その一本一本が肉へ深く食い込んでいた。まるで永遠に逃がさないための呪いのように、黒竜を縛り続けている。


レオンの胸が強く痛んだ。


千五百年。


この姿のまま苦しみ続けてきたのだ。


誰にも助けられず。


誰にも届かず。


ただ一人で。


黒竜はゆっくりと顔を上げた。


真紅の瞳がレオンを捉える。その視線に敵意はない。そこにあったのは長い年月の中で積み重なった悲しみと、全てを手放してしまった者だけが持つ深い諦めだった。


『……なぜ来た』


低い声が響く。


その声には力がなかった。


怒りも威圧もない。


長い苦しみの果てに、全てを諦めてしまった者の声だった。


『放っておけばよかった』


黒竜は静かに目を閉じる。


その仕草には、自分自身への諦めが滲んでいた。助かりたいと願うことすらやめてしまったのだろう。期待すれば裏切られる。希望を持てば苦しむ。その繰り返しの果てに辿り着いた絶望だった。


『私はもう救われない』


黒竜がそう呟いた瞬間、空間全体で赤黒い結晶が脈打った。全身へ絡み付いた鎖が不気味な音を立てながら軋み、その度に黒竜の表情が苦しそうに歪む。その光景は、絶望そのものが黒竜を縛り付けているようだった。


レオンはその姿を見つめる。


胸の奥が痛かった。


苦しかった。


だが、それ以上に放っておけなかった。


目の前にいるのは災厄ではない。


助けを求め続けていた一人の存在なのだ。


レオンはゆっくりと一歩前へ出る。


そして真っ直ぐ黒竜を見上げた。


「それは違います」


静かな声だった。


だが、その言葉に込められた意思は揺るがなかった。


真紅の瞳が僅かに揺れる。


長い絶望の中で閉ざされていた黒竜の心が、初めて小さく反応を示したのだった。


閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程お願いします。

(今更になってテンプレートを使い始めました)

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