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神獣使いではなく猫使いです  作者: 猫屋敷 春人
第四章 千五百年の約束
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第二十三話 希望の亀裂

本日3話目です。よろしくお願いします。

エルの涙が零れ落ちた瞬間、黒い霧の中心に走った亀裂は静かに広がり始めた。


それは本当に小さな変化だった。だが、この世界に満ちていた重苦しい空気がわずかに揺らいだことを、レオンは確かに感じ取っていた。まるで長い冬の終わりに吹く最初の風のように、その変化は弱々しくも確かなものだった。


影の表情が歪む。


今まで絶対的な余裕を崩さなかった存在が、初めて動揺を見せていた。


『あり得ない』


低い声が響く。


その声には怒りが混じっていた。


『人間を信じるだと?』


黒い霧が激しく渦を巻く。周囲の景色が歪み、空間そのものが悲鳴を上げるように軋んでいた。まるで影の感情が、そのまま世界へ影響を与えているようだった。


レオンはエルの前に立つ。


恐怖が消えたわけではない。


それでも退くつもりはなかった。


「信じたいんです」


静かに答える。


「全部が正しいなんて思いません」


「間違える人もいます」


「酷いことをする人もいます」


そこで一度言葉を切る。


レオン自身、これまで見てきた光景を忘れたわけではなかった。神獣を利用した教会。エルを実験台にした研究者たち。そして黒竜を犠牲にした過去。その全てが胸の中に重く残っている。


「それでも」


レオンは真っ直ぐ影を見た。


「僕は優しい人たちも知っています」


その言葉に影が沈黙する。


レオンの脳裏には仲間たちの顔が浮かんでいた。危険だと分かっていても人を助けようとしたミア。豪快に笑いながらも仲間を守り続けるライ。いつも真っ直ぐで、誰かのために怒れるアカネ。


そして千五百年経った今も、エルと黒竜を救えなかったことを悔やみ続けているユウ。


誰かのために涙を流せる人たちがいる。


だから全てを諦めたくなかった。


『綺麗事だ』


影が吐き捨てる。


だが先ほどまでの力強さはない。


『人間は繰り返す』


『裏切る』


『傷付ける』


『利用する』


その言葉と共に無数の記憶が浮かび上がる。神獣へ石を投げる人々。研究施設で笑う研究者たち。逃げ惑いながら誰かを見捨てる人間たち。


どれも事実だった。


否定できない。


だがレオンは首を振る。


「そうかもしれません」


影が動きを止める。


「でも、それだけじゃない」


レオンはゆっくりと拳を握った。


「間違えたなら償えばいいし、失敗したならやり直せばいい。誰かを傷付けたなら謝ればいい」


その声は大きくない。


だが不思議なほど強かった。


「だから僕は諦めません」


世界が静まる。


影は何も言わない。


その代わり、黒い霧だけが激しく揺れていた。怒りなのか、困惑なのか、それとも別の感情なのか。レオンには分からない。


だが一つだけ確かなことがあった。


影は揺らいでいる。


その時だった。


背後から小さな声が聞こえる。


『どうして……』


レオンは振り返った。


エルが涙を流していた。


銀色の瞳が大きく揺れている。


『どうしてそんなこと言えるの……?』


その声には戸惑いが滲んでいた。


信じたい。


けれど信じることが怖い。


期待して裏切られることが怖い。


そんな感情が痛いほど伝わってくる。


レオンは少しだけ笑った。


「僕も怖いから」


エルが目を見開く。


レオンはゆっくりと言葉を続けた。


「裏切られるのは怖いですし、失敗するのも怖いです。でも、それ以上に」


そこで視線を合わせる。


「助けられない方が嫌なんです」


エルの瞳から新たな涙が溢れた。


その涙は地面へ落ちる前に光へ変わる。小さな光は宙へ浮かび上がり、黒い霧へ触れると静かに溶けていった。


そして再び。


ぱきり。


今度ははっきりと聞こえた。


黒い霧の中心に走る亀裂が広がっている。


影の表情が変わる。


初めて焦りが見えた。


『やめろ』


低い声だった。


だがその声には先ほどまでの余裕がない。


『やめろ……!』


黒い霧が暴走する。


空間が揺れる。


世界が悲鳴を上げる。


それでも亀裂は止まらない。


まるで千五百年間閉ざされていた何かが、少しずつ解放されようとしているかのようだった。


レオンは息を呑む。


亀裂の向こうに光が見えた。


暖かい光だった。


優しく包み込むような光。


どこか懐かしいその輝きに、エルは震える。


そして次の瞬間。


亀裂の奥から一匹の猫が姿を現した。


白い毛並み。


黄金色の瞳。


小さな体。


だが、その存在感は圧倒的だった。


ユウが息を呑む。


エルが目を見開く。


そしてレオンも、その姿を見た瞬間に理解した。


本能が告げている。


この存在を知っていると。


白猫は静かにレオンを見つめる。


その黄金の瞳には優しさと哀しみ、そして長い時を見守ってきた者だけが持つ静かな強さが宿っていた。


やがて白猫はゆっくりと口を開く。


「やっと会えたね」


その声を聞いた瞬間、白い世界そのものが大きく震えた。


閲覧ありがとうございました。誤字脱字などありましたらご報告の程よろしくお願いします。

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