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神獣使いではなく猫使いです  作者: 猫屋敷 春人
第四章 千五百年の約束
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第二十二話 人間が生み出した地獄

本日2話目です。

レオンはしばらく答えなかった。


確かに見た。神獣を裏切る人間を。エルを犠牲にした人間を。黒竜を苦しめた人間を。影の言葉は何一つ間違っていないように思えた。


胸の奥で重い感情が渦巻く。怒りもあった。悲しみもあった。どうしようもない悔しさもあった。もし自分が千五百年前にいたとしても、本当に何かを変えられたのか分からない。


影はそんなレオンを見下ろしていた。その姿は相変わらず曖昧なままだ。だが、そこから放たれる悪意だけは異様なほど鮮明だった。まるで人間という存在そのものを憎み抜いた果てに生まれた感情の塊のようだった。


『それでも人間を信じるか?』


静かな問いだった。


だが、その言葉には千五百年分の絶望が込められていた。神獣を裏切った人間たち。エルを利用した人間たち。そして全てを見て見ぬふりをした世界。その記憶の重みが、言葉となってレオンへ突き付けられている。


レオンはゆっくりと目を閉じた。


脳裏に浮かんだのは炎に包まれた街ではない。悲鳴でも絶望でもない。


ミアだった。


誰よりも真っ直ぐで、誰かを助けることを諦めない神官。


ライだった。


いつも豪快に笑いながら仲間の背中を押してくれる存在。


アカネだった。


無邪気に笑い、迷うことなく誰かのために飛び込んでいく神猫。


フェリスだった。


優しく見守りながら、それでも必要な時には厳しく導いてくれた。


そして黒竜だった。


苦しみながらも最後まで誰かを守ろうとしていた。


レオンが出会った者たちは、影が語るような存在ばかりではなかった。


目を開く。


胸の奥にあった迷いは消えていた。


「信じます」


静かな声だった。


それでも、その言葉は不思議なほど真っ直ぐ響いた。


「間違える人はいると思います。酷いことをする人もいると思います。実際にエルを苦しめた人たちは許せません」


レオンは影を見据える。


恐怖は消えていない。


それでも目を逸らさなかった。


「でも、それだけじゃない」


白い世界に風が吹く。


今まで淀んでいた空気が僅かに揺れた。


「僕は助けてくれた人たちを知っています。誰かのために泣ける人を知っています。間違っても、それでも前を向こうとする人たちを知っています」


その言葉と共に、黒い霧が揺らぐ。


ほんの僅かだった。


だが確かに変化していた。


「だから全部を否定したくないんです」


レオンの声は静かだった。


だが、その言葉には確かな温かさがあった。


エルを救いたい。


黒竜を救いたい。


それは人間を信じているからこそ生まれた願いだった。


影の笑みが初めて歪む。


今まで余裕しかなかった表情に、僅かな苛立ちが混ざった。


白い世界が震える。


黒い霧が激しく渦を巻く。


まるで影自身が動揺しているかのようだった。


『綺麗事だ』


低い声が響く。


だが先ほどまでの余裕はない。


『人間は変わらない』


その言葉に合わせるように、周囲の景色が崩れ始める。炎に包まれた街。倒れた神獣たち。泣き叫ぶ人々。無数の絶望が現れては消え、世界そのものが負の感情に飲み込まれていく。


それでもレオンは動かなかった。


「変われると思います」


短い言葉だった。


だが迷いはない。


「少なくとも僕は諦めません」


その瞬間だった。


黒い霧の奥で何かが砕けるような音が響く。


ぱきり、と。


とても小さな音だった。


だが世界全体が静まり返ったことで、不思議なほどはっきり聞こえた。


影の表情が固まる。


初めてだった。


余裕でも嘲笑でもない感情を見せたのは。


レオンはゆっくりと振り返る。


そこにいたのはエルだった。


少女は涙を流していた。


長い銀髪を震わせながら、信じられないものを見るような目でレオンを見つめている。


『……ほんとうに?』


その声は震えていた。


信じたい。


けれど信じることが怖い。


期待して裏切られることが怖い。


千五百年という孤独が滲む声だった。


そして少女の涙が零れ落ちた瞬間、黒い霧の中心に細い亀裂が走った。


閲覧ありがとうございます。

そろそろ投稿時間を決めようかなと思う今日この頃。

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