第十九話 災厄の核
本日2話目です。ほかのソフトで執筆してこちらにコピペするとたまに空行がおかしくなったりします。…めんどくさいのでこのままでもいっすかね。
白い世界の奥で、黒い霧が脈打っていた。
どくん。
どくん。
まるで巨大な心臓のような音が静寂の中に響いている。
レオンはその音を聞きながら、目の前の黒い霧を見つめていた。先ほどまで感じていた恐怖は不思議と薄れている。代わりに胸の奥を満たしていたのは、言葉にできない違和感だった。
災厄の核。
世界を滅ぼしかけた元凶。
黒竜を千五百年もの間苦しめ続けた存在。
だというのに、なぜか怪物には思えなかった。
「災厄の核って……本当は何なんですか?」
レオンの問いに、ユウはすぐには答えなかった。
黒い霧の奥を見つめたまま、しばらく沈黙する。
やがて静かに口を開いた。
「歴史では怪物のように語られている」
ユウの声が白い世界に響く。
「だが本当は違う」
レオンは息を呑む。
嫌な予感がした。
これまで聞かされた真実は、どれも常識を覆すものばかりだった。
そして今回もまた、その予感は当たる。
「災厄の核とは何なんですか?」
ユウは静かに答えた。
「人だ」
レオンの思考が止まる。数秒遅れて言葉の意味が頭に届いた。
「……え?」
「正確には、人だったものだ」
その瞬間、白い世界が揺らいだ。
景色が変わる。
そこにいたのは一人の少女だった。
長い銀髪に透き通るような白い肌。年齢は十歳ほどだろうか。どこにでもいる普通の少女に見える。だが、その瞳だけが不自然なほど寂しそうだった。
「この子が……?」
レオンは目を見開く。
ユウは静かに頷いた。
「災厄の核の始まりだ」
少女は巨大な研究施設の中央に立っていた。床には複雑な魔法陣が刻まれ、周囲には無数の結晶が並んでいる。その外側を取り囲むように、大勢の研究者たちが立っていた。
レオンは思わず顔をしかめる。
見覚えがあった。
先ほど見た実験施設と同じだ。
「まさか……」
「教会は神獣の力だけでは足りないと考えた」
ユウの声が低くなる。
「だから適性を持つ人間を探した」
レオンの背筋を冷たいものが走る。
嫌な予感しかしなかった。
「選ばれたのが、この子だ」
少女は不安そうに周囲を見回していた。小さな手を胸の前で握り締め、大人たちの顔を見上げている。
まるで助けを求めるように。
だが誰も彼女を見ていなかった。
見ているのは少女ではない。
その力だけだった。
「名前は?」
レオンは思わず尋ねた。
ユウは少しだけ目を伏せる。
「エル」
短い名前だった。
だが不思議と胸に残る。
景色の中で実験が始まった。
神獣たちから抽出された魔力が結晶を通じて少女へ流れ込んでいく。膨大な光が施設を満たし、魔法陣が激しく輝き始めた。
そして――
少女が悲鳴を上げた。
レオンは思わず拳を握る。
その声は痛々しかった。
聞いているだけで胸が苦しくなる。
「どうして……」
震える声が漏れる。
「どうしてこんなことをしたんですか」
ユウは吐き捨てるように言った。
「神になるためだ」
その言葉に怒りが滲む。
「連中は世界の未来だと言った」
「人類を救うためだと言った」
「だが違う」
ユウは景色の中の研究者たちを睨む。
「ただ力が欲しかっただけだ」
レオンは唇を噛んだ。
景色の中でエルは泣いていた。
誰かを呼んでいる。
助けを求めている。
それなのに誰も手を差し伸べない。
「誰も止めなかったんですか……」
ユウは苦しそうに笑った。
「止めた者もいた」
そして静かに続ける。
「私だ」
レオンは顔を上げた。
景色の中には若い頃のユウがいた。今よりも幼く見えるが、その瞳だけは変わらない。
真っ直ぐだった。
「神獣たちも反対した」
「黒竜もな」
レオンは息を呑む。
やはり黒竜は最初から守る側だった。
誰かを傷付ける存在ではなかった。
「だが遅かった」
ユウの声と共に景色が激しく揺れる。
少女の体から膨大な魔力が溢れ出した。
施設が崩壊する。
研究者たちが逃げ惑う。
空間そのものが悲鳴を上げるように歪んでいく。
その中心で、エルだけが泣いていた。
「助けて」
小さな声だった。
だがレオンにははっきり聞こえた。
黒竜と同じだった。
千五百年後に聞いたあの声と。
誰にも届かなかった叫びと。
「まさか……」
レオンは震える声で呟く。
ユウはゆっくり頷いた。
「災厄は憎しみじゃない」
「怒りでもない」
黒い霧が大きく脈打つ。
どくん。
どくん。
その音は怪物の鼓動ではなかった。
泣き続ける子供の心臓の音に聞こえた。
「救われなかった願いだ」
レオンは言葉を失う。
災厄は怪物ではなかった。
始まりは一人の少女だった。
助けを求めながら誰にも救われなかった存在。
その絶望が千五百年もの間、世界を蝕み続けていたのだ。
「だから黒竜は声を聞いた」
ユウは静かに言う。
「だからお前も声を聞いた」
レオンは黒い霧を見つめる。
どくん。
どくん。
その音はもう恐ろしくなかった。
苦しみ続ける誰かの鼓動にしか聞こえない。
「エルを助ければ……」
レオンはゆっくり口を開く。
「黒竜も救えるんですか?」
ユウは少しだけ笑った。
それは千五百年間答えを探し続けた者の笑顔だった。
「分からない」
正直な答えだった。
だがその瞳には確かな希望が宿っている。
「だが私は信じている」
ユウは真っ直ぐレオンを見る。
「お前なら届く」
白い世界の奥で黒い霧が揺れる。その中心から、一人の少女の影がゆっくりと姿を現した。
長い銀髪。
寂しそうな瞳。
そして今にも消えてしまいそうな小さな体。
『助けて』
その声が聞こえた瞬間、レオンは拳を強く握り締めた。
今度こそ助ける。
黒竜も。
エルも。
誰一人見捨てない。
そう決意した瞬間――
少女の影がゆっくりと顔を上げた。
閲覧ありがとうございます。空行に関してはそのうち直す予定です。




