第十八話 黒竜の涙
そろそろ書き方を安定させたい。空行が難しい。
ユウの言葉と共に景色が変わる。
白い世界は溶けるように消え去り、代わりに広大な山脈が姿を現した。どこまでも続く青空の下、一つの巨大な影が悠然と大地を見下ろしている。
黒竜だった。
だが、レオンの知る黒竜とはまるで違う。
その瞳に憎悪はない。漆黒の鱗は陽光を受けて美しく輝き、圧倒的な存在感を放ちながらも、不思議な安らぎを感じさせた。
「これが……黒竜?」
レオンは思わず呟く。
「災厄に侵される前の姿だ」
ユウは静かに答えた。
黒竜は山々の上空を悠々と飛び回り、神獣たちと共に生きていた。地上では人々がその姿を見上げ、恐れるどころか感謝と敬意を捧げている。
まるで世界そのものを見守る守護神だった。
「全然違う……」
「本来の黒竜は優しい神獣だった」
ユウは懐かしむように目を細める。
「強大な力を持ちながら、その力を誇示することはなかった。誰よりも命を大切にする神獣だった」
景色の中で黒竜は傷付いた神獣を背に乗せ、安全な場所へ運んでいた。泣いている子供の前に静かに降り立ち、その大きな頭をそっと下げる。
その仕草には慈愛すら感じられた。
レオンは胸の奥が締め付けられるのを感じた。
今、王都を脅かしている黒竜と同じ存在だとは到底思えない。
「じゃあ、どうして……」
その問いに、ユウは静かに頷いた。
「ここからだ」
空気が変わる。
穏やかだった景色に黒い霧が流れ込み始めた。遠くの街から炎が上がり、人々の悲鳴が風に乗って響いてくる。
災厄だった。
世界を蝕む絶望そのもの。
神獣たちは次々と侵され、多くが理性を失っていく。かつて人々を守っていた存在が、人々を襲う存在へと変わっていった。
そんな中でも黒竜は戦い続けていた。
暴走した神獣を止め、人々を守り、災厄の中心へ向かう。
誰よりも前へ。
誰よりも危険な場所へ。
「黒竜は世界を守ろうとしていたんだ」
ユウは静かに言う。
「私たち猫王や神獣たちと同じようにな」
レオンは黙って景色を見つめた。
黒竜の体には無数の傷が刻まれている。鱗は砕け、血を流しながらも、その巨体は決して退かなかった。
誰かを守るために。
世界を守るために。
その姿はどこか、自分自身とも重なって見えた。
「すごい……」
思わず漏れた言葉だった。
だがユウの表情は暗い。
レオンはその理由を理解していた。
この物語の結末を知っているからだ。
「最後の戦いの日」
ユウはゆっくりと語り始める。
「私たちは災厄の中心へ向かった」
景色が再び変わる。
巨大な黒い結晶。
空を覆い尽くす災厄の霧。
世界中の絶望を凝縮したような場所だった。
その前にユウと神獣たちが立っている。
そして最前線には黒竜がいた。
「核を封印するには時間が必要だった」
ユウの声が重く響く。
「だから黒竜が……」
レオンは息を呑む。
ユウは静かに頷いた。
「時間を稼いだ」
黒竜はたった一体で災厄の軍勢へ飛び込んでいく。
圧倒的だった。
神獣の頂点に立つ存在に相応しい力だった。
だが敵は尽きない。
倒しても倒しても黒い霧から新たな怪物が生まれる。
終わりのない戦い。
そして――
黒竜の体が災厄の核へ触れた。
レオンは目を見開く。
黒い霧が生き物のように黒竜へ絡み付き、その体を侵食していく。
美しかった鱗が黒く濁る。
黄金の瞳が赤く染まる。
次の瞬間。
絶叫が響いた。
それは咆哮ではない。
悲鳴だった。
魂そのものを引き裂かれるような叫びだった。
聞いているだけで胸が苦しくなる。
「やめて……」
レオンは思わず呟いた。
だが過去は変わらない。
景色は残酷なほど淡々と進んでいく。
黒竜は最後まで戦った。
理性を失いかけながらも、仲間を傷付けないよう必死に耐え続けた。
苦しみながら。
壊れながら。
それでも世界を守ろうとしていた。
そして――
ユウたちは核を封印した。
世界は救われた。
人々は生き延びた。
だが。
黒竜だけは救われなかった。
景色が消え、白い世界に静寂が戻る。
レオンは俯いていた。
胸の奥が痛い。
あまりにも報われない。
世界を守った英雄なのに。
誰よりも戦ったのに。
最後に残ったのは千五百年もの苦しみだけだった。
「どうして助けられなかったんですか……」
震える声だった。
ユウはしばらく黙っていた。
そして静かに答える。
「助けたかった」
その一言に全てが込められていた。
後悔も。
無念も。
謝罪も。
「だが封印するだけで限界だった」
ユウは拳を握る。
初めて見るほど悔しそうな表情だった。
「私は黒竜を救えなかった」
レオンは顔を上げる。
ユウの瞳には今も後悔が残っていた。
千五百年という時間が流れても消えないほど深い傷だった。
「だからお前がいる」
レオンの心臓が大きく脈打つ。
「僕が……?」
「お前は違う」
ユウは真っ直ぐレオンを見た。
「お前は黒竜の声を聞いた」
「助けてという声を聞いた」
「そして助けたいと思った」
静かな言葉だった。
だが胸の奥深くへ沈み込み、確かな熱を残していく。
「それが希望なんだ」
レオンは拳を握る。
黒竜の涙を思い出す。
最後に見たあの瞳。
助けを求める声。
千五百年もの間、誰にも届かなかった叫び。
「助けたいです」
自然と言葉が出た。
迷いはなかった。
「今度こそ助けたい」
ユウは少しだけ笑った。
それは長い年月を経て、ようやく希望を見つけた者の笑顔だった。
「なら次はいよいよ核心だ」
白い世界の奥で黒い霧が大きく揺れる。
その中心で何かが脈打っていた。
まるで生きた心臓のように。
「災厄の核の本当の正体を教えよう」
その言葉に、レオンは息を呑んだ。
閲覧ありがとうございます。誤字などありましたらコメントよろしくお願いします。




