第十六話 偽りの歴史
間違えて17話を先に投稿してしまいました。申し訳ありません。
第16話 偽りの歴史
ユウはしばらく教会の紋章を見つめていた。白い空間に静寂が広がり、遠くでは黒い霧がゆっくりと揺れている。
「本当の話って……何なんですか?」
レオンは恐る恐る尋ねた。
ユウは小さく息を吐く。
「今世界で語られている歴史は半分しか真実じゃない」
レオンは目を瞬かせた。
「半分?」
「残り半分は教会によって隠された」
レオンは思わず教会の紋章を見る。王都の教会、孤児院、神官たち。自分が知る教会の姿が頭に浮かんだ。
「どうして隠す必要があったんですか?」
ユウは少しだけ目を伏せた。
「都合が悪かったからだ」
その言葉は驚くほど重かった。
「災厄は突然現れた存在じゃない」
「じゃあ……?」
ユウは真っ直ぐレオンを見る。そして静かに告げた。
「人間が生み出した」
レオンの思考が止まる。数秒遅れて言葉の意味が頭に届いた。
「え?」
ユウは何も言わない。
だからこそ冗談ではないと分かった。
「人間が災厄を作ったんですか?」
「そうだ」
迷いのない返答だった。
レオンの背筋に冷たいものが走る。災厄は自然災害のようなものだと思っていた。最初から存在していた怪物だと思っていた。だが違った。
「どうしてそんなことを……」
「欲望だ」
ユウは遠くを見る。その視線の先には千五百年前の記憶があるようだった。
「当時、人類は神獣の力を研究していた」
「もっと強くなるため」
「もっと繁栄するため」
「そして神に近づくためだ」
静かな声だった。だがその言葉には重みがある。
「神獣は人間には届かない力を持っていた」
「だから連中は考えた」
「その力を自分たちのものにできないか、と」
レオンは拳を握る。嫌な予感しかしなかった。
「それって……禁じられていたことなんですよね?」
「当然だ」
ユウは苦く笑った。
「だが止まらなかった」
次の瞬間、景色が変わる。白い空間が揺らぎ、巨大な研究施設のような場所が現れた。無数の魔法陣、巨大な結晶、そして拘束された神獣たち。
レオンは息を呑む。
「これって……」
「実験施設だ」
ユウの声が低くなる。
「教会が作った」
施設の中では研究者たちが何かを記録していた。神獣から溢れる魔力が巨大な装置へ吸い込まれていく。その光景は見ているだけで胸が苦しくなった。
「ひどい……」
思わずレオンは呟く。
ユウは何も言わない。その横顔には怒りとも悲しみともつかない感情が浮かんでいた。
やがて景色がさらに変わる。巨大な結晶が激しく光り始め、研究者たちは歓声を上げた。誰もが成功を確信していた。
だが――
次の瞬間、轟音が響いた。
結晶が砕ける。
黒い霧が噴き出した。
研究者たちの悲鳴が響く。神獣たちが暴れ出し、施設そのものが崩壊していく。
「これが……」
レオンは震える声で呟いた。
「災厄の始まりだ」
ユウが答える。
黒い霧は生き物のように広がり、人も神獣も飲み込んでいった。触れた者は理性を失い、怪物へと変わっていく。
まさに悪夢だった。
「だから教会は隠した」
ユウは静かに言う。
「自分たちが原因だったからだ」
レオンは言葉を失った。今まで信じてきた歴史が音を立てて崩れていくようだった。
「じゃあ……猫王は?」
ようやく絞り出した声だった。
「ユウも騙されたんですか?」
ユウは少しだけ目を伏せる。
「騙された者もいた」
短い沈黙。
「利用された者もいた」
レオンは息を呑んだ。ユウの表情が初めて曇る。その顔を見た瞬間、まだ一番大事な話は始まっていないのだと理解した。
「本当に話すべきことはここからだ」
ユウはレオンを見る。金色の瞳が真っ直ぐ向けられていた。
「災厄が生まれた理由。神獣たちが戦った理由。そして――」
そこで言葉が止まる。ほんの一瞬だけ、ユウの表情に後悔が浮かんだ。
「なぜお前がここにいるのか」
レオンの心臓が大きく脈打つ。
「僕が……?」
「そうだ」
ユウは静かに頷いた。
「次は私とお前の話だ」
白い世界に再び静寂が落ちる。遠くで黒い霧が揺れていた。
だが今のレオンには、それすら遠く感じられた。




