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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第五章 路地裏の盗賊編
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第48話 月が照らした闇


 鉄のぶつかる鋭い音が、地下室に反響した。


 ヴァンが咄嗟に拾った短剣でディアナの剣を受けたのだ。


 しかし、ディアナの愛刀は三日月型に湾曲している――ヴァンの短剣は今にも滑りそうだ。

 彼女は不敵な笑みを浮かべ、剣の向きを変えた。


 その僅かな動きで、短剣はいとも容易く弾かれてしまった。身体が泳いだところに、回し蹴りが飛んでくる。


 まずい、これは避けられない――!


『レックス!』


 呼びかけに応えたレックスは虚空から燃えるように現れ、翼で蹴りからヴァンを守った。


 この地下室は天井が低いため、成長したレックスは完全な顕現ができない――思いつきだが、うまくいってよかった。


「今の翼は、相棒のチビドラゴンのかい?見ないうちに随分図体がでかくなったようだね。いい餌を与えていると見える」

「うるさい」


 騎士団でのレックスは、専らヴァンの頭の上に乗っていた。ディアナもそれをよく目にしたのだろう。


 ヴァンはそれ以上言葉を交わす余裕もなく彼女を睨んでいたが、チビ呼ばわりにレックスはひどく憤慨したようだった。


『下品な女め――丸焼きにしてやってもよいのだぞ』

『ダメだバカ!』


 炎は酒に引火する。子供だって知ってる知識だ。こんな酒の匂いが充満する場所で炎を使うわけにはいかない。


 肉弾戦が苦手なヴァンにとって、魔法が使えないうえに獲物が短いこの状況はまったく不利だ。


 それを察したのか、ディアナは鼻で笑った。


「おお、怖い。仔犬がこちらを睨んでらァ」


 言うが早いか、彼女は踊るように斬りかかってきた。


 利き手の杖で受けようとしたヴァンだが咄嗟に右に転がり、なんとか避ける。


 その直感は正しかった。ディアナはいつの間にかもう一方の手にも同じナイフを持っており、勢いのまま回転斬りの要領で二段、三段と斬りかかってきたのだ。


 そのまま何度も転がって、なんとかヴァンは猛攻を避けきった。ディアナは舌なめずりをしながらヴァンに向き直ると、両手のナイフをくるりと回して逆手に構え直し、片足を持ち上げて独特の構えをとった。


 "剣舞すなわち剣技"


 それを見たヴァンの脳裏に、いつか目にした書物の一節と、全く同じ構えの女が描かれた挿絵が蘇る。


 これは確か――異国に伝わる剣舞だ。


 そこからのディアナの体捌きは、まるで嵐を泳ぐ花弁のように美しい。


 先ほどまでの粗野な振る舞いからは考えられない、誰もが息を呑むほど流麗な――

 気付けばヴァンは防御も忘れ、ただ見つめてその姿を焼き付けようとしていた。


 しかし――それは致命的な隙となった。


 そのまま彼女のナイフは的確に、そして冷酷にヴァンの頸を捉えようとしていた。


 ナイフの切っ先がヴァンの頸に届くまさにその刹那――視界が白に包まれた。


「光よ!!!」


 光は声よりも早く届く。


 だから、声が聞こえた時にはもう、ヴァンとディアナの間にレオが立っていた。


「お前――」


 驚いたような女の声は、レオの怒涛の攻撃によって遮られた。


「好き勝手言ってくれたなあ!盗賊風情が!」


 右、左、蹴り、頭突き――はフェイントで、膝――ディアナはそのしなやかな肢体を信じられない方向に折り曲げ、その全てを器用に避ける。ヴァンのときと違って攻撃をいなさないのは、当たったらまずい威力なのを理解しているからだろう。


 レオの猛攻は凄まじく、先程の盗賊相手の攻撃とは比べ物にならない敵意に満ちていた。


「騎士団をバカにしたこと、許さないからな!」


 レオの周りで、火花のようなものが弾けるように光っている。


『いいのか。あやつ、目眩しの魔法が解けるぞ』


 レックスの言う通り、レオの栗色の髪が火花に触れるたび金色に揺らいでいるのにヴァンは気付いた。


「まずい――あいつ、キレてる」


 しかし、近接戦闘が苦手なヴァンにはできることが見つからない。


「おい!レオ!落ち着け!……ば、化けの皮が剥がれるぞ!」


 熟考の末、ヴァンはそう叫んだ。レオは女を睨んだままだったが、ハッとしたように目を見開き、息をついた。


「なんだァ、お坊っちゃん。お利口さんの皮が剥がれたってか?」

「……まあね。親友に感謝だ」


 レオの周りの火花が落ち着いたのを見て、ヴァンは胸を撫で下ろした。盗賊に王族であると知られたら事だ――ディアナも上手く誤魔化されてくれたようだ。


 そこからの戦闘は、暫く膠着状態が続いた。レオは腕力でディアナに勝るが、肉弾戦では彼女の方が素早いために一向に当たらないのだ。


 やがて二人は肩を上下させ、睨み合いながら動きを止めた。


「盗賊風情と言ってくれたな?"エルドリアの貴公子"」


 ディアナの言葉に、レオは舌打ちした。怒るとガラが悪くなるタチらしい。


「うるせえな」

「育ちの良さはそこの黒いのの比じゃないだろう。おれにはわかる」


 レオはカッとして踏み出そうとしたが、ディアナはナイフをレオに突きつけてそれを制した。


「……お前に何がわかるってんだよ!」

「わかるさ。その服。剣術。柔らかそうな髪。手入れの行き届いた武具――そのどれも、騎士団の薄汚い金で買われたものだろう?お坊ちゃん」

「薄汚い……? 騎士団の財源は国だ。貴様――国民の血税を汚いというのか?」


 綱渡りのようにひりついた会話の中、ヴァンは何もできずにただ部屋を観察していた。はやり病で亡くなった子供の数の傷以外にも、この部屋には多数の数え傷があることに気づいたからだ。


 一体、何の傷だろう――


「この壁の傷は全部、騎士やら役人やらに殺された仲間や友人の数さ」


 ディアナはヴァンの視線に気づいたようで、吐き捨てるように言った。


「軽くぶつかったから。商品を手に取って見ていたから。そんなのはまだマシだ」


 ネロの悲しい笑顔を思い出して、ヴァンは胸が締め付けられるような気持ちになった。


「ゴミのくせに、生きていたから。そう言って子供を切り捨てた役人もいた」


 腹の底からどろどろとした重い感情がせり上がってきて、手が震える。ヴァンは俯いた。


 俺は――俺は、ネロの置かれた環境の厳しさを、ずっと甘く考えていた。


 ヴァンが言葉を見つけられずにいる中、レオは帯刀に手をかけて訴えた。


「腐った役人は――いる。認めるよ。でも、俺たち騎士団は信念を持って戦ってる。この国の、この国民のためにだ!傷だらけになって、時には命だって落としながら」


 親友は帯刀の柄を、指が白く見えるほど強く握っていた。


 自分の親を馬鹿にされた子供のようだ――とヴァンは思った。

 いや、レオの立場を、孤独を考えれば言い返したくなるのは当然だ。


 しかし――


 ヴァンの脳裏に、街角で聞いた噂話が蘇った。


「おれはお前らの騎士団の宝物庫に入ったぞ。そこで見た。数多の盗品を」

「盗品?」


 レオは訝しげに眉をひそめる。


「騎士団の連中は、捕らえるべき盗賊を殺し、盗品を掠め取ってるのさ。ご立派な『正義』だなァ?」


 盗賊頭は、声をあげて笑った。


 レオは、ただ茫然として彼女を見ていた。


「正義の盾さえあれば、なんでもありさ。そもそも、本当に盗賊なのかも怪しいもんだ。罪をでっちあげて誰を殺したって、諫める者はいないんだから」


 ディアナはナイフを下ろし、レオとヴァンを睨んだ。


「そもそもおれたち盗賊が、盗賊でしかいられないのは国のせいだってのに」


 そこまで聞くと、レオは遂に膝をついてしまった。

 ヴァンは慌てて駆け寄ったが、その隙を突かれてディアナに背後をとられた。

 喉元にひやりとした金属の感触が押し付けられ、息を呑む。


「恨むなら馬鹿な自分を恨め」


 ナイフに力が入るその瞬間、ヴァンは絞り出すように言った。


「――してない」

「あ?」


 刃先が喉元の肉に食い込んだが、一筋の血が流れる程度で止まった。


「お前は俺たちがまるで――お前たちの仲間を理不尽に殺したみたいに言うけど。少なくとも俺たちは――俺とこいつは、誰のことも、理不尽に殺したりなんかしてない」


 ヴァンは刃がさらに食い込むのも構わず、身を捩ってディアナの赤い瞳をまっすぐに見つめ返した。


「それでも、俺たちを殺すのか。無知に生きているってだけで」

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