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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第五章 路地裏の盗賊編
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第49話 月の見た誓い

 

「それでも、俺たちを殺すのか」


 ヴァンのそんな言葉からひと呼吸おいて、首に突きつけられた刃の力が少し緩んだ。


「ッフ」

「……?」

「フフ、はっはっはっは」


 ディアナは豪快に笑いながら刃を下げ、数歩下がった。


 ヴァンは咄嗟に振り向いて杖を構えた。だが、ディアナから殺気は消えていた。笑い終わると、彼女はふうと息をついてヴァンを見据えた。


「クソガキ。最初からお前らを殺す気なんてないよ。それはおれが最も忌み嫌う『理不尽な死』だ。……お役人と同類になる気はない」


 それに、とディアナは自分の髪をくるくる弄びながら続けた。


「あのままお前に手をかけようとしていれば、その前に――そこの騎士サマが刺し違えてでもおれを殺しただろう」


 ヴァンは反射的にレオを見た。レオは膝をついた姿勢ではあったが、呆然としていたわけではなかった。


 その目はまるでグレイのように冷徹な光を宿し、懐に手を入れていた。


 ディアナは眉を吊り上げて、レオに言った。


「懐に入っているものはなんだ?毒か?それともナイフかな」


 レオは反応しなかった。眉一つ動かさず、ただ女頭領を静かに見つめていた。


「まあ、なんでもいいが。いたいけなクソガキ共よ。おれの言葉はお前らに届かなかったようだし――これはお互い、時間の無駄だな」


 女頭領は呆れ顔で剣を鞘に収めた。レオも懐から手を抜き、傍にあった愛刀をゆっくりと鞘に収めながら立ち上がった。


 ――なんか言えよ!


 見たことの無い友人の雰囲気に、ヴァンは困惑していた。しかしともかく、戦わないのであれば目的を達成して帰りたい。


「ディアナ――さん。薬草箱を返してほしい」

「あん?……いやだね。こちらになんの利がある?高く売れるのに」


 ぐ、とヴァンは言葉に詰まった。確かに、これでは取引にならない。


「……を潰す」


 レオがボソッと、何か呟いた。ヴァンもディアナもレオを見た。


「シャイロックを、潰してやるよ。それでいいだろ」


 レオが吐き捨てるように言った。こんな侮蔑的な――冷たい話し方をするレオを、ヴァンは見たことがなかった。


 俯いているその目には前髪がかかって、表情も見えない。


「レ――」

「ほう!それはいい」


 声をかけようとしたヴァンを遮って、女頭領は大口を開けて笑った。


「まあ元々、薬草を盗んだのは気まぐれだ。シャイロックの化粧箱ってだけで高く売れるからな。返してやるよ――そこの騎士様の、勇気ある提案に免じて」


 投げてよこされた薬草箱を、ヴァンは慌てて受け取った。


「にしても、取り返しにまで来るとは思わなかったなァ――中々骨のあるガキだね」


 先程までの迫力はどこへやら、酒を煽りだすディアナ。突然の終戦にヴァンは戸惑いっぱなしだった。


 レオはヴァンが受け取った薬草箱を一瞥すると、階段へと踵を返した。


「行くぞ、ヴァン」

「えっ……おい、待てよ」


 ヴァンを待たず、レオはつかつかと歩き出してしまう。制止も無視だ、様子がおかしい。


「――ええ――その――えと――」


 まだ聞きたいことが山ほどあったヴァンは、レオとディアナを交互に見て狼狽えた。


「黒いの、お前、ネロとどういう関係だ?」


 ヴァンは迷った末、振り返ってディアナの質問に答えた。


「情報と交換で、薬草の知識を教えてるだけだよ」

「……取引相手ってわけか?」

「ああ、そうだ」


 ディアナはその答えに目を丸くしていた。意外だったらしい。満足したように「そうか」と呟き、また酒を煽った。


 ヴァンはその様子を見て、思い切って言った。


「答えたんだから、お前もひとつ教えてくれよ」

「なんだクソガキ」

「お前は、ネロとどういう関係なんだ?」


 ディアナは眉を寄せ、酒を飲んでから答えた。


「おれとネロも取引相手さ。ネロは何年か前からゴミ捨て場のボスをやってるが――あれほど賢くて頑丈なやつはそういない」


 賢くて、頑丈。

 その言葉が引っかかって、ヴァンは語気を強めた。


「頑丈ってなんだ?危ないことさせてるんじゃないだろうな」


 ヴァンの怒りに反し、ディアナは目を細めた。その表情にヴァンはたじろいだ。


 ――まるで、母が子に向ける微笑みだ。


「それはない。あれは小さい頃から、おれたちの目や耳になってくれているのさ。報酬だってきちんと与えてる」


 "あの子らに一時の感情で施しを与えたりしていたなら、許さない。ネロたちは自分の力で生きていくためにこれまで――"


 ネロたちのために声を荒げた姿を思い出して、ヴァンは納得した。


 彼女は邪悪な盗賊ではない――乱暴なやり方であっても、手の届く範囲のものを守ろうとしているのだ。


「わかった」


 ヴァンは薬草の箱を握りしめて踵を返し、この凶暴な兎の巣から脱出しようとした。


 その背中を、不意にディアナは呼び止めた。


「おい黒いの」

「もう、なんだよ!」


 ヴァンは地団駄を踏んでもう一度振り返った。早くレオの様子を見に行きたいのに――


「お前、姓はアドベントだったな」

「......?」


 酒で赤ら顔の美女は、不敵な笑みを浮かべた。


「あいつも、そんな姓だったかねェ」

「なんの話だよ」

「いやァ」


 ディアナは酒を飲み干してから続けた。


「お前にそっくりな男に、隣国で会ったことがあるぞ」

「は!?」


 ◇◆◆


 地上に戻ったレオは、『BARうさぎ』の看板の横に座って星を眺めていた。


 知ってた――騎士団の中に、権力を濫用してるバカがいることは。天下りの役人の所業も――何もかも、知ってた。


 今更驚くようなことじゃない。

 闇というのは、どの国にもあるものだ。


 それに――


 "お前を育て、庇護している恩を忘れるなよ"


 騎士団には大恩がある。いや、命を握られていると言ってもいい。身分が明るみに出れば、俺は高確率で王家に消されるのだ。


 だから、騎士団がどんなに汚くったって、今更本気で怒ることはない。でも――


 "少なくとも俺たちは――俺とこいつは、誰のことも、理不尽に殺したりなんかしてない"


 レオは、その言葉を何度も反芻しては、絶望を繰り返していた。


 なあ、ヴァン――俺は――


「おい、レオ!」


 怒ったような声に、レオはハッとしてそちらを見た。薬草箱を持って、ふくれっ面で走ってくるヴァンがいた。


「なんで置いていくんだよ! あんな危ない女と二人にすんな」


 怒りながら、ヴァンはレオの隣に座った。レオは拍子抜けしたような顔でヴァンを見ていた。


「そんなに騎士団の話がショックだったのか?」


 真面目な顔でそう尋ねてきた親友の、純粋な問いかけが苦しい。


 ――全然ショックじゃねえよ。知ってたし。


 そう言ってしまいたいが、幻滅されるんじゃないかという不安で、喉が詰まる。


 なんだよ。こんなナヨナヨじゃ、女みたいだ。


「あんまり気にすんなよ。お前の恩人はそんなことしないだろ?お前が信じたい人だけを信じればいいし――いや、グレイならやりかねないか」


 何考えてるかさっぱりわかんないもんな!とヴァンは笑う。


 気を遣われている――情けない。

 そう思ったが、つられて笑っている自分に気づいた。


「でも、お前は違うだろ?」

「ああ、俺は――」


 言いかけて、レオは言葉を飲み込んだ。


 二度と。


 もう二度と。


「そんなことしないよ」


 そう言って、パン!と自分の頬を叩き、立ち上がった。


「エリィに嫌われちゃうからな。早く帰って作ろうぜ、魔法薬」


 そう言ってヴァンに手を差し出した、レオの表情に迷いはない。


 ――なんだからしくないと思ったけど、大丈夫みたいだ。


 ヴァンはほっとしてその手を取り、二人は魔法学校へと歩き出した。


 星の綺麗な夜だった。

 美しい月が、屋根の上から二人を見守っていた。



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