第44話 鏡の魔女の手土産
第45話
『竜言語』の情報が衝撃的すぎて忘れかけていたが、そのあと、泥棒についての情報もヨーデルから聞くことができた。
犯人は巷で有名な盗賊一味とのことで、彼女はアジトの場所まで知っていた。なぜそんなことまで知っているのか恐る恐る尋ねると、ヨーデルではなく番のほうがにっこりと笑って答えた。
「雨の翌日は、そこらじゅうが水たまりだらけ。私の追跡を逃れられる人間なんていないわ」
――本当に敵に回したくない諜報能力だ。
しかし、俺の姿のまま女言葉で話すのはやめてほしい。
「じゃあ、話は終わったから、私はロウェンさまの元に帰るわ。大・大・大感謝してね」
「も、も、もちろんです。お礼しかできないけど……」
そう、彼女があまりにも全能なので、主に情報で人に報いてきたヴァンにはできることがない。
一方的に借りだけを作ってしまう状況がヴァンには非常に居心地が悪かった。
「あんたみたいなクソガキに何も期待してないわ。私が知りたいのはロウェンさまのことだけだし――」
魔女がそう口にしたとき、ヴァンは無意識に記憶の書庫を開いてロウェンについての記憶を辿った――辿ってしまった。
しかしここは彼女の掌の上、鏡の世界。その思考を読んだらしいヨーデルはその場で固まって、ヴァンを凝視した。
「あらやだ……あんた……記憶能力が……すごいのね……?」
これはまずい――ラス以外に、この能力を初めて知られてしまった。冷や汗をかくヴァンをよそに、鏡の魔女は爛々と目を輝かせて近付いてきた。
「ひっ何すか」
「ロウェンさまの睫毛の数は?あの愛おしい笑い皺の数は?ほくろの数は?鏡越しじゃ動いてわからないの」
「……えっ」
――どうやら、力になれることもあったみたいだ。
そこからしばし質問責めに遭った。なんとか全てに答えると、ヨーデルは恍惚としてそれを記録した。
「はあ、最高。こんなにロウェンさまのことがわかるなんて……あ、出口はそこよ」
ヨーデルは無造作に置かれている大きな姿見を指差した。
「いつの間に――」
こんなところに鏡が。ヴァンがそう続ける前に、ヨーデルは分厚いメモ帳のようなものをうっとり眺める作業に戻っていた。
ヴァンは何かを言い返す元気もなく、ぐったりとその鏡に向かった。
しかしヨーデルはふとその背中を呼び止めてきた。
「……ねえ、背中のそれ、危ないと思うわ。王家に近い人間には見せない方がいい」
意外な親切にヴァンは驚いて振り返った。ヨーデルは手帳から目を離してはいなかった。
「ありがとう、ございます」
御礼を言ったものの、ヴァンには興味を失った様子で返事はない。
――案外、悪い人じゃないのかな。
いや……レックスがいたら『油断するな』って言いそうだ。
ヴァンは気を取り直して、出口の鏡の向こうを覗き込んだ。見覚えのある机と、読み散らかした魔導書の山。この先はヴァンの部屋のようだ。
「おい…レオのやつ、人の部屋でお菓子食ってやがる。ぶん殴ろう」
◇◆
「うわっ!?どこから出てきたんだよ!?」
「お前、人の部屋でお菓子食うなよな。それ俺が買い置きしてるやつだろ」
「いや、その、小腹が空いて……来客用かと」
言い訳にまごつく友人を軽く蹴っ飛ばして、ヴァンは近くのベッドに沈み込んだ。
――ああ、先ほどまで奇妙な空間に居たせいか地に足がついているだけでほっとする。
レオはお菓子の件を取り繕うように続けた。
「なあ、お前らがやられた毒の粉塵だけどさ。あれは魔獣除けに使う一般的なやつだったよ。冒険者も買うような廉価品だ」
「そうか」
「目と鼻に影響するタイプだと思うけど――レックスは調子戻ったか?」
その質問で相棒のことを思い出し、ヴァンは慌てて起き上がった。
『わたしなら……平気だ』
呼びかける前に、レックスはドシンと顕現した。既にエリアスもいるのでヴァンの部屋はみちみちになった。
「よおレックス、もう平気なんだな?よかった」
レオはほっとした様子で笑ったが、ベッドの端に追いやられたヴァンは呻いた。
「おい、狭いだろバカ」
『む』
(鏡の魔女に眠らされていたのだぞ、もう少し心配したらどうだ)
顕現を解いてヴァンの魔力の内側に戻りながら相棒はぶつくさと文句を言ってきたが、無事なのがなんとなくわかっていたヴァンは無視した。
「そっちは盗人について、何かわかったか?」
レオは性懲りもなくお菓子に手を伸ばしながら言った。ヴァンはその手を杖で叩いてから答えた。
「ああ。ぜーんぶわかっちゃった」
「は?」
ヴァンはこの日のすべての鬱憤を晴らすがごとく、警邏隊との戦闘と鏡の魔女について話した。
「鏡の魔女が言うには、俺を襲ったのは盗賊団「月の衆」ってやつらしい」
「月の衆?」
ヴァンはヨーデルから聞いた話をかいつまんでレオに話した。
ヨーデルはヴァンが襲撃される瞬間をしっかりと目撃していた――近くの水たまりから、全てを。
"貴方を襲ったのは頭領の女ね。それと手下の男が一人。どっちも商店街のほうに消えていったけど――まあ当然よね、彼らのアジトは大通りのすぐ裏にあるから"
"ああそれと、仕方ないとはいえ、水たまり越しに下着を見せられて不愉快だったわ。ちなみに下着は白よ"
少々余計な情報も混じっていたが、これ以上の情報はないだろう。
下着以外の情報を話し終わると、レオは腕組みして唸った。
「そいつは……厄介だな。最近大きな盗賊団の頭領が行方不明になって、弱体化してさあ。代わりにでかい面し始めたのがその"月の衆"なんだ。規模は大きくないんだけどやり口が巧妙で――騎士団も被害に遭ってる」
「騎士団に盗みに入ったのか!?」
騎士団本部は多重結界に守られているし、入り口は巨大な門で出入りも多い。ちょっと名のある盗賊団が手を出せるような施設じゃないはずだ。
「ああ。新人騎士に紛れ込んでたみたいで――名前なんつったかな。忘れちゃった」
「どんなやつだ?」
「そうだ、お前は模擬戦で戦ってたぞ。紫の髪の女だ」
「紫の髪――」
ヴァンはあの忌々しい模擬戦の記憶を引っ張り出そうと眉間にしわを寄せた。
"気安く触らないで"
"うるさい童貞"
「――ああ、あの時、ディアナって呼ばれてた破廉恥な女騎士か!」
思い出したのは非常に屈辱的なシーンだったが、それはまあ、いい。
「破廉恥……まあそうだな。新人騎士はみんなディアナに首ったけだったし」
レオはやれやれと首を振って、またお菓子に手を伸ばした。ヴァンはその手を蹴り上げながら、さもありなんと頷いた。
侮辱しかされていないヴァンでも美人だったなと好意的に振り返ってしまうほどの美女だ、中には篭絡されて情報を流す不届き者がいたのかもしれない。
「あの女は、模擬戦のすぐあとくらいに消えたんだよ。先行部隊の小隊長の、部屋の宝飾品すべてと一緒にな」
「宝物庫とかじゃないのか」
「うん、被害は小隊長だけだった。まあ……先行部隊であるのをいいことに、任務先で報酬とか戦利品とかを勝手に懐に入れてたみたいだから……結構被害額は大きかったかもな」
「ともかく、これで次にやることは決まった」
ベッドから床に座り直して、ヴァンとレオは何度目かの作戦会議を行った。
「じゃあさっそく月の衆のアジトに、殴り込み――」
真面目な顔をして言い切ったヴァンの台詞を、レオは慌てて遮った。
「待て待て、無理だ!月の衆は規模がわかってないんだ。アジトに何人いるかわかんねえし、頭領のディアナについても髪の色と顔以外の情報はない。しかも、大通りの近くだろ?目立ちすぎるし、危険すぎる」
「じゃあどうするんだよ」
口を尖らせたヴァンの隙をついて、お菓子を奪ったレオはにやりと笑った。
「月の衆のアジトに――忍び込みだ」




