第41話 おかしな貴公子と路地裏の罠
翌朝、ヴァンは虚無顔で筋トレに励んでいた。大あくびしながら起床したレックスが『寝なかったのか?』とぼんやり声をかけてきた。
「ああ……魔術書は全部読んで、一応試してもみたんだけど」
バカにしていたが、宝術はかなり複雑な魔法体系だった。
「装飾品の加工のためには土属性の魔法が必要だし、生物を封印するためには精神魔法やら空間魔法の基礎も必要になるみたいなんだ」
魔法にはいくつかの属性があるが、個人の適性を確実に測る方法は確立されていない。しかし少なくともヴァンの適性は、これまでの経験から察するに火、風の二つ――そのどちらも宝術とは相性が悪いのだ。
『よくわからん。まだ習っていないから無理ということなのか?』
「感覚で好きに魔法を使う竜にはわかんないかもしれないけどさあ」
自分の相棒だが、まるで天才に見下されたような気分になってヴァンは不貞腐れた。
「精神魔法も空間魔法も、適性なしで扱うのは難しいんだよ。適性持ちも少ないし――よっぽど相性がいいか、宝術のためだけに何年も鍛錬しないと」
ぐちぐちと言い訳を述べている間に、レックスは用意してあった干し肉をぺろりと平らげていた。ちゃんと聞いていたのだろうか、とヴァンは口を尖らせた。
『お前にはそもそも不要な魔法だろう。レオは使えそうなのか?』
「うーん……どうかな。前に森狼狩りで光魔法を使ってたし、光属性と相性がいいなら空間魔法も多少は使えるんじゃないかと思うけど」
自分の分のサンドイッチを食べ終えると、ヴァンは大きなため息をついた。
「どちらにしても、魔法が得意じゃないあいつには長い道のりだと思う。まずはベリーの魔法薬を作ってやるべきだな」
『やることは変わらんというわけか』
「ああ、今日も緑札だ」
『つまらん』
――それは俺の台詞だ。
相棒のデリカシーのなさに辟易しながらも、ヴァンは疲労で軋む四肢を引き摺って城下町の掲示板へと向かった。
緑札の依頼は、やはりヴァンにとってはお使いのように簡単なもので、大変に退屈だった。なにより、この間にもレオがばったばったと赤札で討伐依頼をこなしていると思うと羨ましさで死にたくなる。
朝起きては緑札を取り、依頼をこなしながら目的の薬草を集める、そんな日々はそれから1週間ほど続いた。その頃には城下町でもレオの噂を聞くようになってきた。
「難易度の高い討伐依頼を、番も連れずにこなす若者がいるらしい」
「なんでもすこぶるハンサムだって話じゃないか」
「うちの娘を嫁にもらってくれないかねえ」
そんな話が聞こえてくるたび、親友に実力で置いて行かれたような気分になってヴァンは焦った。それから数日経つと、噂にはさらに尾ひれがついてくる。
「あの凛々しい顔立ちを見たかい?まさに『貴公子』だ」
「王子様みたいだった!」
「『エルドリアの貴公子』だね」
当たらずとも遠からず――いや、実質これはもう当たりなのでは?
ともかく、あまりにもそのまんまな親友の二つ名にヴァンは笑い転げた。
そんな話を聞いた翌日の昼、近況報告もかねて二人は町のレストランで落ち合うことにした。
先に着いたヴァンがぼんやり店の入り口を見ていると、レオは居心地悪そうに会釈をしながら入ってきた。早速店主に握手を求められているようだ。
「よお、有名になったもんだな!エルドリアの――貴公子――ふふふ、ははははっ」
レオの顔を見るなりヴァンは吹き出してしまった。親友は照れ隠しにドカッと席に座ってきた。
「おい、そんなに笑わなくったっていいだろ!外ではお行儀よくしてるから、そのせいだよ」
「ひー、悪い……赤札を次々こなしてるんだって?」
「ああ」
レオはジャラジャラと重そうな音のする麻袋をテーブルに置いた。
「お、おお…鱗貨もこんなにあると壮観だな」
「重いから持ち歩きたくないんだけど、しまう場所もなくてさ」
「いくらたまったんだ?」
「銀貨150枚くらい」
150枚…ロウェンの依頼に大喜びしていた自分があほらしくなる金額だ。
ヴァンは「さすが貴公子、いいペースだな」と嫉妬交じりにコメントした。
「借金は金貨10枚だろ?銀鱗貨10枚で金鱗貨1枚だから、一応返済はできる」
レオの言葉に、ヴァンは首を振った。
「いや、魔法薬の材料費で銀鱗貨100枚くらい飛ぶんだ。だからあと50枚は集めないとな」
「ええ……マジかよ。もう目立ちたくない……」
げんなりした様子のレオをまたひとしきりからかったあと、ヴァンも近況報告をした。火鼠の依頼と、ロウェンたちから教わった番の封印魔法の話だ。
一通り話を聞き終わると、レオは「ロウェン……ロウェン・クレシェンツィオ」と紳士の名前を復唱して眉を寄せた。
「うーん、知らないな。世代違いだからかな……何者なんだろ。親父なら知ってるかもしれないけど」
「親父…騎士団副団長さんか。でも、騎士って感じはしなかったけどなあ。軍人みたいな」
「爺さんなんだろ?隣国と戦争状態だった時代なら、魔法部隊のほうかもな」
そこで話を切ると、レオは店員を呼び止めてデザートを注文しだした。
「あの、表のケーキ全種類、ひとつずつください」
「はっ!?全部ですか!?」
「全部」
レオが懐を少し開けて騎士団の紋章を見せると、財力を察した店員は慌てて一礼して「かしこまりましたっ」と言い残し走っていった。
「お坊ちゃんはこれだから……太るぞ」
「死ぬほど運動してるから、いいんだよ。それより、その爺さんの助手の魔女だけど」
「ああ……ヨーデルさん?」
「そうそう、ヨーデル・ヴァルミラ。そっちは知ってるよ。たぶん最近有名になった『鏡の魔女』だと思う」
レオが話では、『ヨーデル・ヴァルミラ』は最近になって突然名を上げた美しい魔女で、占星術のような魔法を使うらしい。
「占星術って、相当曖昧な魔法体系だろ。俺、お守りとかを売りつけるための詐欺の手口だと思ってたよ」
レオは「お前らしいな!」とケラケラ笑った。
「占星術つっても、彼女の占いは絶対に当たるらしいぞ?失せ人探しとか、情報屋みたいなことをしてるって聞くけど」
「情報屋……」
「ああ。いつか頼るときが来るかもしれんし、美人なんだろ?お近づきになっとけ」
「ええ……」
今度はヴァンがげんなりする番だった。いくら美人でも、これまで出会った中で最もお近づきになりたくない女性だ――それこそ、ベリー以上に。
胸倉を掴んで揺さぶられたときの狂気に満ちた目つきを思い出して、ヴァンは身震いした。
「ともかくだな」
話を変えようと、ヴァンは紅茶を飲み干して続けた。
「魔法薬の残りの材料は、シャイロックさんのとこで買えば揃うんだ。あとちょっとでエリアスが飛べるぞ」
「マジか!?他はもう揃ったんだな!?それを早く言え」
レオは目を輝かせて立ち上がると、店員を呼び止めた。
「さっきのオーダーですけど、すみませんがテイクアウトで」
「はっ、はい!かしこまりました!」
十種類はありそうなケーキを今から箱に詰めるであろう店員さんを哀れな目で見つめながら、ヴァンはレオを小突いた。
「お前、『お菓子な貴公子』に二つ名変えてもらったらどうだ」
「うるさい」
◇◆
レオとは一度レストランで別れ、資金を受け取ったヴァンは薬草の買い出しに向かった。
薬屋『シャイロック』の主人は、相変わらず好々爺な態度で快く薬草を売ってくれた。
「貴重なものばかり買い占めるようで、すみません」
恐縮するヴァンに、店主は「とんでもない、こういう突発的なまとめ買いこそ、有難い。売り上げの足しになるというものだ」といたずらっぽく笑った。
「早く寮に戻って、魔法薬作りに入ろう。今日完成させたらレオも驚くだろ」
渡された薬草は木製のきれいな化粧箱にまとめられ、丁寧に金色のリボンが結ばれていた。リボンにはシャイロックの薬店の紋章が刺繍されており、持ち歩くだけで目立ちそうだ。この包装を含めて商売上手の秘訣なんだろうとヴァンは感心していた。
『あの店の近くは、どうも鼻が利かん』
「前にあの店に行った時も匂いを気にしてたな」
『ああ、前回は嗅ぎ慣れない匂いがするだけだったが――今日は嫌な匂いがした。それから鼻が利かなくなったのだ――変な感じだ』
「何か、お前にはよくない薬を煎じてたのかな。大丈夫か?」
ヴァンは心配になって大通りを外れ、路地に入ってレックスを顕現させた。
「ほら、ちょっと鼻を見せてみろ――」
化粧箱を床に置いて、レックスの顎に手を添えたまさにその瞬間。
レックスの瞳孔がぐっと狭まり、視界いっぱいに黄色い粉塵が広がった。
『ヴァン!』
相棒の警告するような叫びは、何度もヴァンの頭の中に響いた。めまいがしてその場に膝をつくが、平衡感覚が失ってそのままバランスを崩し、倒れこむ。視界が絶えずぐるぐると回って、気が狂いそうなほど頭が痛んだ。
「ぐ……」
ヴァンが呻くのと同時に、ドシンと大きな音がした。
レックスが倒された――?いや、頭痛以外の痛みはない。
攻撃されたのではなく、この黄色い粉塵のせいで昏倒しているのだ――
混乱する意識の中でなんとか思考を続けようとしたが、視界は暗転してしまった。ぐわんぐわんと聴覚だけが鋭敏なまま、周囲の音が何倍にもなって何度も響いて聞こえる。
「早くしろ」
「そこのトカゲに近づくな」
「引き上げるぞ」
バタバタとあわただしい足音と、鋭い女の声。
この声――どこかで――。




