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竜の番 -リュウノツガイ-  作者: 月乃詩
第五章 路地裏の盗賊編
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第39話 老紳士と魔女の食卓

【前章までの新・登場人物紹介】

※番が明らかになったら、次の章でおさらいをかねて紹介していきます。


ロウェン・クレシェンツィオ

ロマンスグレーの老紳士。国に関わる仕事をしていたようだが、現在は引退している。ラス・フォーチュンとは旧知の仲。紅茶ばかり飲んでいるが、健康のためらしい。

番:エース (種族:火鼠)

※配下:アイラ、カイ、サルト、ターボ、ナンシー、ハッチ、マルタ、ヤックル、ライラ、ワッカ


────────────────────────────────────

 ロウェンの作ったシチューは、今まで食べたどんなシチューよりも濃厚で、最高に美味だった。


「美味しい!すごい、どうやって作ったんですか?すごく美味しいです」


 ヴァンの歓声に微笑みながら、ロウェンは答えた。


「ふふ、彼女は料理上手でね。私は手伝っただけだ」

「時間をかければ、かけるほど…美味しくなるのよ」


 そう言って、弟子の魔女――ヨーデルは自分の分のシチューを口に運んだ。匙に乗ったソースが、艶めいた唇の間に差し込まれて――


『おい、ヴァン、しっかりしろ』


 レックスの呼びかけにハッとして、ヴァンは慌てて自分の皿に視線を戻した。いつの間にか、彼女の妖艶な口元にすっかり目を奪われていた。


(なんだか、魔法にでもかかったみたいだ)


 シチューに集中しようとしても、視界の端に映るヨーデルを意識して変な手汗を感じる。感じたことのない緊張感だ。


『恋する男というよりも、毒蛇に睨まれた砂蛙だな』

(ああ…それかも)


 このヨーデルという女性に対して、ヴァンはずっと謎の警戒心を抱いていた。

 というのも、彼女はどうも自分に対して好意的でないような気がするのだ。


 ロウェンがヴァンに笑いかけるたび、彼女の視線がヴァンに刺さる。


 彼女が魅力的だから視線が気になるだけなのかもしれないが――というか、そのほうが平和でありがたいのだが――


 どう見ても、こちらが振る舞いを間違えたら途端にとって食われてしまいそうな、危うい雰囲気だ。


「久々の客人、美味しいシチュー、全くいい日だ」


 ロウェンは一人機嫌良さそうにしている。


 落ち着かない夕食を終えると、ロウェンは食後の紅茶と一緒に皮袋を渡してきた。


「わっ…ありがとうございます」


 ズッシリとした皮袋を受け取り、ヴァンは恐縮した。枚数を検めるべきかもしれないが、目の前で数えるのはさすがに失礼な気がしたので、そのまま懐にしまった。


「僕の依頼に飛びついていたけれど、君、お金に困っているのかい?よければ相談に乗るよ」


 ロウェンは紅茶を差し出しながら問いかけてくる。ヨーデルも同席するのかと思ったが、夕食の食器を片付けに下がっていったのでヴァンはほっとした。


「実は…」


 ――エリアスの話をするわけにいかないしな。


 ヴァンは少し言い淀んで、校則違反で罰金刑をくらったと説明することにした。ロウェンは不思議そうに腕を組んだ。


「それは随分横暴だな。一体何をしたんだね?罰則といっても大抵は外出禁止とか、書き取りとかだろう」

「そうなんですよ!あのチ…いや…ベリー先生は意地が悪くて」


 ベリーの高笑いが脳裏に浮かんでヴァンは顔を顰めた。ロウェンはその名前を聞いて合点したように笑いだした。


「彼女ならやりそうなことだ。それで金策に走っているんだね」

「ああ、それと――目立つ番を連れてる友達がいて、そいつのために、目くらましの魔法薬を作ろうと思ってるんです。このあたりで見つからない薬草もいるから、材料費も必要で」


 そう話すと、老紳士は顎髭を撫でながら訝しげに言った。


「目くらましの魔法薬――というのはどうも思い当たらないが、なんでそんなに遠回りな方法を選んだんだい?」

「遠回り?」


 きょとんとしているヴァンの前に、新しい紅茶が置かれた。ヨーデルが片付けから戻って入れてきてくれたらしい。すぐ側で揺れる乳房に目がいかないよう努力しながら、ヴァンはロウェンにも紅茶が注がれるのを待った。


「ありがとう、ヨーデル。いいかい? ヴァンくん、番を見える形で――真の姿で連れ歩くのは、そもそも魔法使いにとってあまり賢いとは言えない」

「手の内を明かすからってことですか」

「そうだ。それに、私の火鼠のように非戦闘型の番では、無防備に魂の片割れ――つまり、弱点を晒すに等しい」


 言われてみればそうだ。火鼠たちは小さくてとても愛らしいが、戦闘能力は低い。レックスやエリアスのような強力な魔獣相手なら簡単に踏み潰されてしまうだろう。そして、そのダメージは主にも伝播する。


「だから優れた魔法使いであるほど、様々な方法で番の姿を変えたり隠したりするものなんだ」

「ロウェンさんは、その手段のひとつとして指輪を使ってるってことですね」

「ああ」


 老紳士は感心したように笑顔を見せてくれたのだが、やはりなぜかヨーデルはじっとこちらの様子を睨んでいる。ヴァンはそちらを見ないよう、紅茶を飲んでその場をしのいだ。


「魔物であれば、ゲートになる魔道具を使って喚び出すことは簡単だ。他にも、ふたつほど代表的な方法がある」


 ロウェンは本棚からいくつか資料を出してきて、ヴァンに見せてくれた。


「最も一般的なのは、自分で作った装飾品に仮封印することだ。縁のある素材と魔石が必要だが」


 ロウェンは戸棚に飾られていた腕輪をひょいと取りあげ、「よく見てみなさい」とヴァンに渡した。

 すると当然ドスンと音を立てて背後にレックスが顕現した。ヴァンは相棒の起こした風圧に押されて前のめりになって呻いた。


「もう、なんだよ急に」

『同胞の匂いを感じた』


 ロウェンはその言葉にうんうんと頷いた。


「その腕輪はとある友人から貰ったものでね。ドラゴンの革と、火の魔石でできている。君の竜が好む素材だ」


 その腕輪は、異国感のある独特の形をしていた。メインは魔石とそれらを囲むドラゴンの革。皮紐を何度も腕に巻いて固定する作りで、素材をほとんどそのまま腕に巻き付ける仕組みは腕輪というより装備のようだ。


 レックスはそれにふんふんと鼻を近づけ、なんと猫のように頬擦りまでした。鱗が擦れて不穏な音がしたので、ヴァンは慌てて腕輪を取り上げた。


「バカ!傷ついたらどうすんだ!」

「ははは、気にするな、高級品ではないよ。魔獣の番はそういう、縁ある素材でできた装飾品や魔石に封じることができるんだ」

「封じる…封印するんですか?」

「そうだが、まあ感覚的には鞄にものをしまうのと変わらないよ」


 ヴァンは腕輪をロウェンに返して、「あと一つはどんな方法なんですか?」と尋ねた。


「ふむ。魔獣頼りにはなるが、番自身の魔法で姿を変えるという方法だ。ベリー教諭の話をしていたね?彼女の番がまさにそうだ。普段は仔猫の姿だが、本来は二足歩行の妖精だからね」


 ――グリフォンなら、どの方法が適しているだろうか?


 エリアスは魔獣だから、魔道具では喚び出せない。それにグリフォンが魔法を使うというのも聞いたことがないから、ケット・シーのように姿を変えるのも難しいだろう。


 残る方法はひとつだ。


「封印の魔法というのは、どうやったら学べますか」


 ロウェンは腕を組んで唸った。ヨーデルも、どこか呆れたように鼻を鳴らしてヴァンを見た。


「高等魔術に分類されるものだ。習得してしまえば使いこなすのにそう多くの魔力は要らないが…適性の有無もある」

「もう…勿体ぶらないで、学ばせたらいいわ」


 ヨーデルは眉を上げて立ち上がり、本棚から金縁の古めかしい魔術書を取り出して机に放り投げた。

 カビとホコリの匂いが舞ってヴァンは咳き込んだ。


「番の封印をするには、まずその本で基礎を…学ばないといけないの」


 相変わらず独特の間を取りながら、ヨーデルは続けた。


「興味があるなら…まずやってみればいい。私はそう、教わった」

「はは、その通りだな」


 それまで敵対的な雰囲気を感じていたヴァンは面食らったが、ありがたくその魔導書を受け取った。


「それにしても…なんでベリー先生は、こういった方法があることを教えてくれなかったんでしょうか?」


 ヴァンの率直な質問に、ロウェンは苦笑した。


「理由はふたつ、考えられる――ひとつはその友人の番が魔物ではなく魔獣系統で、魔道具や変化ができず、その高等魔術を学ぶには未熟であった可能性」


 前者はその通りだが、後者はどうだろうか。

 レオは魔法学校の首席だし、いくつかの部門で飛び級もしている。


「もうひとつは――嫌がらせさ」


 そう言ってロウェンは悪戯っぽく目を光らせた。ヴァンはポカンとして聞き返した。


「い…嫌がらせ?」

「そう。彼女は昔からとても気難しい人でね、怒らせると必ず、地味な仕返しを仕掛けてくるんだ」

「子供みたいな人よ…まあ見た目は子供だけど」


 ヨーデルは少し怒ったような、冷ややかな目で言った。


 まあ、ベリーは少し授業をサボったくらいでタライを落とすような女だし…有り得るんだろうか。


「まあ、まだ教えるには早いというのも事実だ。その魔法薬作りというのは、書き取りと同じ罰則のひとつなのかもしれんな」


 論文で仮説を立てた魔法薬を優秀な生徒に試作させて、上手くいけばよし、いかなくても別に問題はなく、その時は封印魔法を教えればいい。


 面倒な薬作りは勉強にも罰則にもなって一石二鳥というわけか。


「じゃあ…この魔法をこっそり習得して、また裏をかいてやりますよ」


 ロウェンは「はっはっは!それはいい」と愉快そうに笑った。


「なにか困ったことがあれば、いつでも連絡しなさい。老人は暇なのだ、若者の訪問は嬉しい」


 紅茶を飲み終え、お暇の時間になると老紳士はそう言ってにっこりと微笑んだ。とても暖かい、陽光のような笑顔だった。


 ――何か困ったら、いつでも連絡してこい


 ヴァンの脳裏にふと、故郷の養父の顔がよぎった。故郷の村を出て初めて、養父を恋しく思った。


「――ありがとう、ございます」


 握手をしてロウェン家を出ると、意外にもその後をヨーデルが追ってきた。


「ヨーデルさん。どうしたんです」


 街はすっかり夜に沈んで、頼りないオレンジ色の街灯が通りを照らしているだけだ。

 彼女の三角帽子の、影にある丸眼鏡にも街灯反射していて表情が見えない。


「……言っておかなければならないことがある」


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