アンドレイの手紙 その三
本日は薬師を昼食に招待するので、張り切って料理を作る。
メインはウサギのパイだ。
ミハイルは腕まくりをして、エプロンをかけた。
まず、タマネギをみじん切りにして、鍋に入れる。飴色になるまえに、森採れキノコを投下。塩胡椒で軽く下味を付けて火を通す。
同時進行で、ジャガイモを蒸かす。
続いて、ウサギの肉を挽き肉状にした。それを、タマネギとキノコの中に入れて、調味料で味を調えながら炒める。
火が通ったら、トマトの水煮と香辛料を入れてさらに煮込む。
「ミーシャ、何か手伝うことはあるか?」
買い物から戻ってきたオリガが台所に顔を出す。
「あ、じゃあ、そのジャガイモの皮を剥いて、潰してくれ」
「わかった」
オリガがマッシュポテトを作る間、ミハイルは平たく大きい皿にパイシートを敷く。朝から作って寝かせていのだ。皿からはみ出た部分はナイフで削ぐ。
「ミーシャ、潰し終えたんだが、マッシュポテトの味付けは?」
ミハイルはオリガの潰したマッシュポテトを見て、何度も頷く。
「どうした?」
「いや、オリガの容赦なく潰したマッシュポテトっていいなって思って」
「それは……褒めているのか?」
「褒めているつもりだけど」
オリガは眉間に皺を寄せ、不服そうな表情を浮かべている。
「なんだよ」
「ミーシャは滅多に私のことを褒めないのに、褒めたと思ったら、マッシュポテトの潰し方が上手いって……」
どうやら、もっと別のものを褒めてほしかったらしい。
オリガは意味ありげな視線を向けていた。
どうやら、今この場で褒めてほしいようだ。
「そ、そういうのは、自然と口から出て来るものだろうが」
「私はミーシャのことを褒めることができるが」
「例えば?」
参考にしたいので、訊いてみる。
「優しくて、気が利いて、料理が上手くて、可愛くて、それから……」
「待て待て」
「どうした?」
「可愛いは違う気がする」
オリガはじっとミハイルを見る。照れて顔を逸らしそうになったが、可愛くはないと気付かせるために我慢した。
「確認したか?」
「ああ。やはり――ミーシャは可愛い」
「なんでだよ!」
渾身のツッコミも、笑顔で躱される。
「とまあ、こんな風に、私にも褒めるべき点があるだろう?」
「そうだな」
腕を組んでオリガを見る。キラキラと期待するような眼差しを向けられてウッと言葉が詰まりそうになったが、なんとか耐えた。
「オーリは、その、あれだ。働き者で、狩猟の腕は一流で、強くて……」
期待に沿う言葉ではなかったからか、だんだんと真顔になっていった。
「え~っと、それから、え~っと……」
期待を裏切ってはいけない。
ミハイルは恥ずかしいことを覚悟で、普段は言えない言葉を振り絞って伝えた。
「あの、あれだ。俺にしか見せない、笑顔とか、すげえ、か、可愛い、と、思う」
「ミーシャ!」
オリガは笑顔になった。どうやら、きちんと欲しかった言葉を伝えることに成功したらしい。内心ホッとする。
オリガはミハイルに抱きついてきた。
彼女のほうからこんなことをしてくるのは、珍しい。奥ゆかしい雪国の女なのだ。
ミハイルは腕を回し、ぎゅっと抱きしめようとしたが――。
「それで、マッシュポテトの味付けは?」
「牛乳、バター、スメタナ、塩、以上」
「分かった」
オリガはミハイルから離れ、テキパキとマッシュポテトの仕上げをしていた。
イチャイチャしている時間などない。
ミハイルもパイ作りを再開させる。
パイ生地を敷いた上に、煮詰めた野菜とウサギ肉のトマト煮を入れた。その上を、オリガが作ったマッシュポテトで覆う。
上から振りかけるのは、チーズである。
残ったパイ生地を細長く切って、網目模様を作るように置いた。最後に溶き卵を塗って照りを出したあと、かまどで焼く。
スープは朝からコトコト煮込んでいた乾燥豆のスープ。
赤インゲン豆、白インゲン豆、ヒヨコ豆、レンズ豆の四種類が入っている。
ウサギパイが焼き上がった頃に、薬師がやって来た。ミハイルとオリガ、揃って出迎えに行った。
「本日はお呼ばれに預かり、大変光栄だなと」
「爺さん、寒いから入れよ」
「はい、お邪魔します」
本日は居間にテーブルクロスを敷いて、料理を並べる。
ウサギパイを置いたら、薬師は嬉しそうに相好を崩した。
「わあ、ウサギパイですか。大好物なんです」
「そいつはよかった」
ミハイルは大振りのナイフでパイを切りわける。
断面は層になっていた。底はパイ生地、二段目はウサギのトマト煮、三段目はマッシュポテトで、四段目はチーズ。それらの旨味がぎゅっと閉じ込めるように覆っているのは、網目状のパイ生地であった。
「いやはや、芸術の域ですね」
「大袈裟だな」
「いや、ミハイルの食事はお金を払ってでも食べたいとよく言われる」
「じゃ、今度から按摩に追加料金で、食事を出すとか」
「いいかもしれないですねえ」
そんな話をしながら、食事を始める。
まずは森の神に祈りを捧げた。
「よし、食うか!」
「そうだな」
「私、お腹ペコペコなんです」
朝食はパンと紅茶だけだったと薬師は言う。その発言を聞いてミハイルは顔を顰めた。
「爺さん、朝食はしっかり食わねえと」
「はい」
薬師は目を丸くしながら返事をしていた。
「どうした?」
「いえ、この年になって諭されるとは思いもせず……」
「年も年なんだ、気をつけてくれ」
「ですねえ、いつポックリ逝くのか」
「しょうもないこと言っていないで、食うぞ」
「はい」
ナイフでウサギパイを一口大に切り、フォークに突き刺す。
トマト煮から、ウサギ肉の脂がじわりと滲んでいた。
汁が滴らないうちに、パクリと食べる。
「うん、美味い」
自分で作った料理ながら、美味しく仕上げっていた。
表面の生地はサクサクで香ばしい。バターを惜しげもなく入れたので、風味や香りが良かった。ウサギの肉はジューシーで、トマトの酸味はマッシュポテトでほどよい味わいとなる。底のパイ生地は具の旨味を余すことなく吸い込んでしっとりとしていた。
「これは、絶品ですねえ」
「ミーシャのパイはどれも美味しい」
「羨ましいです」
「だから、一緒に住もうって言っているだろう」
「そうでした」
いつから一緒に住むのかと、ミハイルは追及する。
薬師は想定外のことを言ってきた。
「まずは、私の跡を継ぐ医者をどこからか連れて来なければなりません」
村に医者は必要だ。ずっと、薬師は考えていたらしい。
「実は、都に置いて来た弟子がいて、その者を呼べたらと思っているのですが」
しきりに都会暮らしは合わないと言っていたらしい。しかし、二十年以上も会っていないので、どうだかと零す。
「しかし、都に行くのは気が引けますねえ」
「あ、そういえば、オーリ」
「ああ」
ここで、オリガは父親の手紙について薬師に伝える。
「なるほど、宝探しですか」
「行くべきか、行かないべきか、分からなくて」
その言葉を聞いた薬師は満面の笑みを浮かべる。
「行きましょう!」
そう言うと思ったと、ミハイルはぼやくように言った。
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こちも先生です。
きっと、素敵なタイガの森を描いてくださることでしょう。ご期待ください。




