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タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


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都への旅路

 五月半ば。雪解けを迎えた村を出て、ミハイル、オリガ、薬師の三名は都に向かう。

 二日かけて馬車で大きな街まで移動し、そこから蒸気機関車に乗って都を目指す。


 初めて来る大きな街に、オリガは驚いていた。


「ミーシャ、すごい。人が多い……」

「自由市の比じゃねえよな」

「ああ。驚いた」


 駅からどんどん品物が運ばれ、市場は活気がある。

 ミハイルとオリガは手持ちの毛皮を売って、旅行資金を得た。薬師はヘソクリがあったようで、金に困る様子を見せないどころか、食事代などほとんど払ってくれる。


 街の食堂では『白いボルシチ』を食べた。

 白いボルシチにはシャベーリという野草が使われており、春を知らせる味である。

 肉は豚ではなく、鶏の手羽元を使うのも特徴の一つだ。

 メインはキシュカという、ソーセージ。ソバの実が入っていて、食感が面白い。

 スィールニキという、カッテージチーズとクリームチーズの入ったふわふわのパンケーキも食べた。表面はカリカリ、中はふんわりの生地は絶品である。

 黒パンのおかわりは自由。食後のコーヒー付きだった。

 若い夫婦よりも薬師の方が食欲旺盛で、食堂のおかみを驚かせる。

 ミハイルとオリガは揃って、都へ行くことに対して緊張していたのだ。


「大丈夫ですよ。何も、心配はないですから」

「俺達は繊細なんだよ」

「まあ、お気持ちはわからなくもないですが」

「本当かよ」


 腹ごしらえが終わったら、蒸気機関車のチケットを買いに行った。


「ったく、なんで機関車があるのに、連行するのは馬車だったのか」

「拉致ですからねえ。逃げられる可能性もありますし」


 かつての薬師も、人目を避けるように、長い時間をかけて馬車旅をしていたらしい。


「あの時は、老骨に堪えました」


 馬車を乗り継いで都へ行くルートもあったが、薬師の希望で蒸気機関車での旅となったのだ。


 駅は重ねた木箱を抱えて忙しなく歩いている商人に、旅行鞄を持った家族、客の対応にあたふたする駅員と、さまざまな人達が行き交っている。

 オリガは初めて見る光景に、目を丸くしていた。


「オリガ、大丈夫か?」

「すまない、なんだかただただ圧倒されて」

「俺もだ。蒸気機関車に乗るのは初めてだから、緊張だか楽しみだかでなんかフワフワする」

「そうなんだな」


 ミハイルは鉄道とは無縁の生活を送っていた。ウヴァーロフ家の者に拉致されるまで、都から出たことがなかったのだ。


 チケットを購入した薬師が戻って来る。

 薬師は子どものような笑顔で、駅のホームにある露店を指差して言った。


「ミーシャさん、あそこにマロージナエが売っていますよ。食べましょう」

「は? こんなクソ寒い中、アレを食いたいだって?」


 マロージナエはアイスクリームのことである。

 都では人気で、ミハイルも祭の日などは食べたことがあった。


 ヒュウと、北から吹いた風が駅の構内を抜ける。

 五月とはいえ、地面に雪は積もっているし、風も冷たい。

 しかし、そんな気温にも負けず、薬師はアイスクリームを食べたいと主張している。


「見てください。焚火が作ってあるので、あそこで食べるのですよ」

「そこまでして食いたいのかよ」


 ミハイルは呆れていたが、アイスクリームの話題にオリガも食い付いた。


「ミーシャ、それは美味しいのか?」

「え? あ、まー」


 暑い日に食べるとひんやりして美味しい。しかし、寒い時季に食べるものでもなかった。


「いったい、どんな味がするんだ?」

「牛の乳をなめらかにして、冷やして固めた甘いものだよ」

「美味しそうだ。食べてみたい」


 オリガはミハイルの服の袖を掴み、ねだるように言う。

 愛妻にここまで可愛らしくお願いされたら、叶えないわけにもいかない。


「なるほど。ミーシャさんへのおねだりは、そういうふうにするのですね」

「言っておくが、これはオーリだけだからな」

「そんなこと言わずに」


 薬師にも服の袖を掴まれそうになったミハイルは、ひらりと躱した。そんな二人のやりとりをみたオリガは笑い出す。


「おやおや、オーリに笑われてしまいましたねえ」

「あんたのせいだ!」


 仲の良い家族のように見える三人であった。



 オリガは初めてのアイスクリームを買い、焚火の近くで食べる。

 コーンのカップに盛り付けられた、『スタカンチク』というものである。意味はコップみたいなアイスクリーム。


 オリガは不思議そうにアイスクリームを眺めていたが、焚火の熱で溶けてきたので慌ててペロリと舐める。


「――わっ!」


 口の中がひやりと冷たくなって、そのあと濃厚なミルクの味が広がっていく。

 素朴で優しい味わいがすると、感想を述べた。

 どうやらお気に召したようで、頬を緩ませながら食べている。

 カップまで食べられるので、しきりに感心していた。


 一時間後、都行きの機関車がやって来る。

 ここでも、オリガは目を丸くしていた。


「なんて、大きくて、長いんだ」


 ボーっと警笛を鳴らしながら、煙が出てくる。びっくりしたオリガは、ミハイルの腕にしがみついた。


「大丈夫だよ」

「で、でも」

「ミーシャさん、私も怖いです!」


 オリガの真似をしてミハイルにしがみついてくる薬師のことは、綺麗に無視していた。


 蒸気機関車は風を切って、豊かな大地の真ん中を走って行く。

 森の奥での暮らしでは見ることのできない、特別な風景であった。

 オリガは飽きることなく、窓の外を眺めている。

 その横顔を見ていたら、勇気を出して都へ行く決意をしてよかったと、ミハイルは思った。


 馬車を走らせ、蒸気機関車で大移動をしたのちに、都へとたどり着く。

 あっという間の、楽しくも愉快な旅であった。

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