番外編 野鳥狩り
鳥屋……それは、湖畔に作られた猟師が野鳥を待つ小屋である。
三日月湖には青星の村の鳥屋がいくつかあった。
本日は野鳥狩りをするので、ミハイルはオリガと共に犬を連れで三日月湖にある鳥屋を目指す。
野鳥は今が旬である。
冬に備え、皮下脂肪を蓄えるために、秋の実り豊かな木の実などを食べるので、肉にも甘みが出る。
それを狙って、狩りを行うのだ。
ミハイルとオリガは愛馬に跨り、犬を連れて三日月湖にやって来た。
「あれだな」
「へえ、小屋って言っても、結構立派だな」
オリガが指し示した先に、十年ほど前に父アレクセイが作った鳥屋があった。
去年の秋にオリガが使って以来、足を踏み入れていないらしい。
内部には暖炉に毛布、簡易的なかまどがある。一泊くらいできそうなそこそこ広い造りであった。
窓からは三日月湖が一望できる。
まず、毛布は干して、埃だらけとなっていた部屋を掃除した。
準備が整ったので、野鳥狩りを行う。
鳥屋の窓から銃を構え、湖面の獲物を狙う。まず、ミハイルから。オリガは背後で刺繍をしている。
本日の空気銃は、オリガの父アレックスの愛用品でずっしりと重たい。オリガには扱えなかったので、ミハイルが譲り受けた。
連射が可能で、銃身が跳ねないのが良い点だ。
湖を見ると、数種類の野鳥が優雅に泳いでいた。
一羽、水面を走るようにして、加速しだした。ミハイルは引き金に手をかける。
森のほうへと飛び上がった瞬間に、発砲した。パアンと乾いた音が鳴り、野鳥は地に落ちる。
外で待機させていた回収犬に、仕留めた野鳥の回収を命じた。
数分後、回収犬は大きなカモを持ち帰って来る。
「よーしよしよし、よくやった。偉い!」
ご褒美の干し肉を与えながら褒めちぎった。すぐに、手の空いているオリガが血抜きと解体を行う。その後、湖に降り立つガンを二羽仕留めた。水が大好きな回収犬は、尻尾を振りながらじゃぶじゃぶと泳いで回収に行ってくれた。
一時間経ったらオリガが銃を構える。狙うのは、カモだと言っていた。宣言どおり、四羽のカモを仕留める。
十分に獲れたので、帰宅する。
夕食には、ガンを使った料理を作る。
ガンは白鳥より一回りほど小さく、聖誕節の丸焼きにも選ばれる鳥だ。食べ応えがあるので、都では人気があったが買うとなると高価だった。
「ここでは狩猟で手に入るんだな」
「ああ、父も好きだったんだが、都でよく食べられている鳥だったんだな」
話をしつつ、調理の準備に取りかかる。
まず、羽根が残っていないか確認。これが、肉の臭みの原因となるのだ。
発見したら、火で炙った鏝を押し当てて焼く。
もも肉には塩胡椒、香草を擦りこんで、ジャガイモやニンジンと一緒に鉄板に並べてかまどで焼く。
他の部位はスープにした。
朝、オリガが焼いたパンと共にいただく。
薄く切ったパンに、焼いた鳥肉と野菜を載せ、その上に、熱したナイフで削いだチーズをとろ~りと垂らす。
この食べ方は、遊牧民達から学んだ。
冷めないうちに、かぶりつく。焼き目の付いた皮は香ばしい。肉の野性味はあるものの、脂が乗っていて、噛むと肉汁が溢れる。やや弾力のある肉質ではあるが、コクと旨味に溢れる上等な肉であった。
スープも出汁が出ていて、絶品であった。
「やはり、野鳥は秋に限る」
オリガのしみじみと言う言葉に、ミハイルは深く頷いた。
◇◇◇
翌日。
仕留めた鳥はさまざまなものに加工する。
オリガが作るのは、鳥肉のオイル漬け。使う部位は胸肉とササミ。
塩胡椒で下味をつけて、弱火で加熱する。中まで火が通ったら、煮沸消毒した瓶に入れて、中に香草を詰め込む。最後に、オイルを流し込んで蓋を閉めた。
これで、パサパサしている肉も、しっとりと柔らかくなる。
加熱しているので、そのままパンに載せて食べても美味しいし、スープなどにいれたらコクが深まるのだ。
ミハイルは、外で鳥肉の燻製作りをしていた。
燻製の作り方は簡単。
リンゴの木のチップを大鍋に入れて、その上に網を敷き、塩胡椒、香草を揉み込んだ肉乗せて蓋を閉める。
モクモクと煙が出てきたら、火を小さくする。
「おい、オーリ。飲み物とパンを持って来てくれ」
ミハイルがオリガを外に呼び出す。
今、作っているのは、保存用の燻製ではない。
燻製には大きくわけて三種類ある。
一つ目は熱燻。短時間燻製するもので、保存性はほぼない。煙で調理する方法である。
二つ目は温燻。燻製する時間も長く、数日から一週間ほど保存が可能になる。
三つ目は冷燻。低温で燻製する方法で、水分がほとんど抜けてしまうので、乾いた仕上がりになる。燻製の時間も、二週間から数ヶ月と長い。その分、長期保存が可能。
ミハイルが作っていたのは熱燻で作った燻製鳥だった。
鍋の中で、こんがりとキツネ色になった鳥肉。煙に燻されて、このような色合いになるのだ。
これで完成ではない。
「燻製なのに?」
「ああ、もうひと手間かかるらしい」
これは、ミハイルが『キタキツネの会』の会合で教えてもらった料理だった。
鍋に油を敷き、そこにローズマリーと薄く切ったニンニクを入れる。
温まったら、燻製した肉の皮部分を下にして焼いた。
じゅわっと、肉が焼けるいい音がする。同時に、ローズマリーとニンニクの香ばしい匂いが漂う。
裏表、しっかり焼き目が付いたら燻製鳥の香草焼きの完成だ。
オリガは料理を前に、驚きの言葉を漏らす。
「香りが濃いというか、すごいな」
鳥の旨味が匂いとなって漂っている。これが、燻製という調理法なのだ。
「匂いすら、料理の要素として堪能する、か」
「そういうことなんだろうな。俺も、説明を受けた時はよくわからなかったが」
そろそろ昼食の時間なので、そのまま庭先で食べることにした。
ナイフで燻製を切りわけ、その辺に生えていた大きな葉を摘んで皿代わりにする。
丸いパンも置いて、昼食のでき上がりだ。
カップにベリージュースを注ぎ、ミハイルは杯を掲げる。
「ミーシャ、なんの乾杯だ?」
「う~ん、平和な一日に?」
「いいな」
オリガは平和な日々に感謝し、ミハイルのカップに自らのものを重ねた。
そして、夫婦は燻製したあと、焼き目を入れた燻製を食べる。共に、初めての料理であった。
鼻孔を抜ける香りは素晴らしいものだった。リンゴのチップが、豊かな香りに仕上げてくれている。
一口大に切りわけて、ナイフに刺したまま食べた。
パリッパリの皮は、敢えて説明する必要もないくらい美味い。肉は香草をこれでもかと揉み込んでいたので、野生味はない。噛めば噛むほどに旨味が滲み出る。
間違いなく、今まで食べた野生の鳥の中で、一番美味しかった。
「ミーシャ、これは――すごい」
「ああ。なんか、言葉で説明できない美味さだな」
語彙を失いつつ、燻製肉を食べ続ける。
二人共酒は飲めないのに、飲みたくなってしまった。
「さすが、酒のみのオッサン達が薦める料理だ」
もう一度作って、薬師の家にオリガの漬けたベリー酒と一緒に持って行こうという話になった。




