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タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


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初夏の狩り

帰宅後、狩った野鳥や野菜をオリガに見せる。


「これは、すごい!」

「野鳥の一番綺麗なやつは、ニンジンとタマネギに交換したんだ。他のは、ちょっと破損があるけれど」


 テーブルの上に並べた、首なしの野鳥をオリガは見る。


「いや、初めてでこの結果は上々ではないか。私の初めての獲物はウサギだったんだが、腹に弾が当たって、内臓や腸、肉が飛び散って、見るも無残な状態な上に、食べられたものではなかった」


 綺麗に鳥の形をしているので、素晴らしい結果だと褒めてくれた。

 豊富な食材を前に、これで数日買い物をしなくてもいいとも。


「それはそうと、オーリ、今日は何のスープを作ったんだ?」

「ボルシチだ」

「やった!」


 ミハイルの大好物である。

 夕食時、オリガはスメタナをたっぷり入れてくれた。


 ◇◇◇


 春は過ぎて森の緑は濃くなりつつある。季節はあっという間に巡っていた。


 今日はからりと晴れ、太陽がさんさんと輝いている。

 ミハイルとオリガは、新しい仕事を始めることになった。


「なあ、オーリ、仕事って?」

「狩猟だ」

「今って禁猟じゃ?」

「この時期だけ、狩ることを許されている獲物がいるんだ」

「へえ、それって?」

「リスだ」

「え?」

「リス」


 初夏の頃になるとリス猟を始める。

 ハイイロリス、キタリス、シマリスなど、針葉樹林タイガの森には数多くのリスが生息する。

 多くは黒や灰色に染色され、貴族の貴婦人の外套や帽子などが作られる。


「中でも、灰色に青がかかった毛並みのリスは最高級品として高値で取引されている」

「ふうん」


 当然、銃で仕留めると威力が強すぎてバラバラになってしまう。なので、リスは罠で捕獲しなければならない。


 冬の間、リスは冬眠するので、狩猟時季は初夏となっている。

 初夏から秋までのリスは、禁猟期でも唯一狩ることが許されていた。


「この時期、個体数を減らさなければ、大変なことになる。年に二回、繁殖期を迎えるリスもいるのだ」


 半世紀前、大繁殖をしたリスのせいで森の生態系が壊れかけた事件があったらしい。

 それをきっかけに、初夏のリス狩りを積極的に行うことになっている。


「それに加えて、どこで聞いているのか、緑星の村の秋の収穫期になると、リスが村に押し寄せるらしい」

「ご近所お誘い合わせで、ってやつか」


 ミハイルの物言いが面白かったのか、オリガは笑いを堪えながら「ああ、そうだ」と答えた。


 冬眠に備え、秋のリスは暴飲暴食を繰り返す。

 森の木の実だけでは飽き足らず、緑星の村の栄養たっぷりな野菜や果実を食べてしまうのだ。

 

「というわけで、針葉樹林タイガの森では、リスは立派な害獣だ。可愛いからと、気を許してはいけない」

「お、おう」


 オリガとミハイルは森へ入り、箱罠やくくり罠をいくつも設置して回る。

 マカールが起こしたトラ挟み事件を受けて、青星の村では新しい決まりができた。

 それは、罠を仕掛けた場所には、目立つ色の布を木に結んで目印を付けておくということ。そうすれば、誰かが森の中に迷い込み、罠を発動させてしまう危険もなくなる。


 オリガは春の花で染めた布を枝に結んで回った。


「オーリ、それ、綺麗だな」

「ありがとう。この前、『気まぐれ猫』の集まりで作ったものなんだ」

「へえ」


 オリガのご近所付き合いも順調だった。

 積極的に参加して、さまざまな料理や家事などを覚えてくる。

 久々にオリガを見た薬師は、初々しい新妻のようだと褒めていた。


「ミーシャの手巾を作りたいのだが、なかなか上手く染まらなくて」

「それも、十分綺麗じゃねえか」

「これは、ダメだ。色合いがまだらになっている」


 なかなか、合格点は厳しいようだった。


 罠を仕掛けつつ、キノコを発見したら採集する。染色用のキノコもあるらしく、食用とは別の袋に入れていた。

 他にも、初夏の森の中では赤や黄色、紫の、色とりどりのベリーが自生している。

 まだ、わずかに肌寒くもあるので、酸味が強い。

 なので、肉料理のソースなどに使っていた。


 帰宅後、キノコは塩水に浸けて、虫出しを行う。

 じっと桶を見下ろしていると、数分後に虫が躍り出てくるのだ。


「……うわ、気持ち悪っ」

「ミーシャ、浸け過ぎると風味が落ちるから、ほどほどに」

「わかってるよ」


 本日採集したのは、オリガの大好物である網傘茸モリーユ


「今日は、『気まぐれ猫』の奥方から習った、とっておきのモリーユ料理を作る」


 本日はミハイルが助手である。指示された作業を黙々とこなしていった。

 まず、オリガは虫出ししたモリーユを切る。モリーユはカサと軸、共に空洞になっていて、虫の隠れ家になっていることが多い。

 なので、切ったあとも虫がいないか、慎重に確認していた。

 タマネギと燻製肉、モリーユをバターで炒め、しんなりしてきたら、牛乳、乳脂肪、塩胡椒、香草で味を調え、小型の壺の中に入れる。


「ミーシャ、準備できたか?」

「おう」


 ミハイルが作っていたのは、発酵させたパン生地だ。

 平らにしたそれを、壺の蓋のように被せて焼く。


 かまどで焼いて、生地がふっくらしてきたら、『キノコのガルショーク・壺焼きズ・グリバーミ』の完成である。


「上手にできたみたいだ」


 オリガはかまどから壺焼きを取り出し、安堵したように呟いていた。


「壺焼き、美味そう」

「モリーユは、この食べ方が一番美味しいらしい。奥方達が口をそろえて言っていた」

「なるほど。よし、オーリ、食べよう」


 神に祈りを捧げ、食事の時間となる。

 壺焼きの蓋代わりのパンは、フワフワに焼けていた。ナイフで真ん中から切ると、モリーユの濃い香りが湯気となって漂う。

 パンを千切り、ミルクたっぷりのスープに浸した。

 とろりとした濃厚なミルクの風味と、焼きたてパンの相性はバツグン。


「ミーシャのパンは美味しい」


 しみじみとオリガは呟きながら食べている。実に幸せそうだった。つられてミハイルも笑顔になる。

 モリーユはスープを吸い込んでおり、噛むと絶妙な歯ごたえと旨味が口の中で溢れた。


「これ、すげえな。確かに、今までのモリーユ料理の中で一番美味い」

「ああ、私も驚いた」


 パンで壺に蓋をすることによって、旨味が逃げることなくスープに染み込んでいるのだろうか。


 夫婦は絶品スープに舌鼓を打った。


 ◇◇◇


 翌日、森に仕掛けた罠の確認に行く。

 リスは――罠にかかっていた。

 括り縄に引っかかったリスは、ジタバタと体を動かしていた。


「オーリ、これ、どうすんだ?」


 噛まれたら危ない。そのまま掴むわけにはいかないだろう。

 どうやって捕獲するのか。オリガに問う。


「こん棒で叩いて気絶させる」

「え?」


 二度は言わない。オリガはこん棒でリスを気絶させ、頸動脈を切って仕留める。

 その場で内臓を取って血抜きを行い、皮と肉は持ち帰った。


「次、行くぞ、ミーシャ」

「あ、はい」


 一日で、二十ほどのリスの皮と肉を得た。


「リスも食うんだな」

「ああ。なかなか美味い」

「なるほど」


 ミハイルはリス猟に慣れておらず、作業に集中できていなかった。

 生きているリスをこん棒で叩くというのは、なかなか勇気がいる。

 一回目、挑戦しようとした時に、円らな目と視線が交わってしまったのだ。

 結果、力が弱くなり、一発で気絶させることができなかった。

 ここで、オリガに怒られる。きちんと一回で決めないと、リスが何度も痛い思いをする。なので、やるからには、力いっぱいするようにと。


 その後も、涙を堪えてリスにこん棒で衝撃を与えて行った。

 今日一日で、何匹のリスを手にかけたか。


 銃で撃ち落とす時も緊張したが、自らの手で殺傷をするというのは、また違った緊張感と罪悪感がある。


 これが、針葉樹林タイガの森の中で生きることだと、何度も繰り返して言い聞かせていた。


 熟成させたリス肉は、挽肉状にしてパイにした。

 野性味はほとんどなく、弾力がある肉質だ。鳥やウサギに似た淡白な味わいがある。

 小骨も一緒に刻んであるので、なかなか食感が良い。

 香辛料の利いたパイは、リス三匹まるまる使ったどっしりみっちりとしたもので、結構なボリュームがある。パイはサクサクで、生地に染み込んだ肉汁は噛んだら甘味があって絶品だ。


「リス、美味いな……」

「だろう?」


 お腹に野菜を詰める丸焼きも美味しいらしい。スープや煮込み料理にも適しているとか。

 ミハイルはリスとの思い出に切なくなりながらも、料理をしっかりと堪能した。


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