↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイガの森の狩り暮らし〜契約夫婦と東欧ごはん〜  作者: 江本マシメサ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/85

話し合い

 ミハイルは馬に乗り、オリガは犬ゾリに乗って帰る。

 先導はオリガのソリと猟犬。

 どんどん陽は沈み、あっという間に真っ暗な世界となる。

 オリガは途中で角灯に灯りを点してソリに吊るし、わずかな灯りで

 針葉樹林(タイガ)の森を進んで行った。


 夜の森は恐ろしい。

 視界は狭まり、先の見えない果てない道を走っているような気分になる。木々の重なり合う音や、ヒュウヒュウと吹く風も不気味に聞こえた。

 前を行くオリガは、迷いなく進んでいるように見えた。

 やっといつもの彼女に戻ったのか?

 ミハイルにはわからない。


 八歳も年上で、見ず知らずのミハイルを受け入れ、淡々と日々を過ごしていると思っていた。

 けれど、違った。

 突然の夫婦生活に戸惑いを覚え、日々過ごす中で疑問を感じ、迷うこともあった。

 オリガもミハイルと同じように、いろいろと悩みを抱えていた。

 その件に関して、意外だと思った。

 けれど、ミハイルを必要とし、引き留めようとしてくれたことは、嬉しいことである。

 しかし、今回のように、頑張り過ぎるのは問題だ。このようなすれ違いなど、二度とあってはならない。同じことを起こさないために、話すことが必要になる。

 口にするのが恥ずかしいことなど、山のようにあった。

 男としての自尊心が許さないものもある。

 けれど、今のささやかな暮らしを失いたくない。

 なので、半人前でちっぽけな男の見栄も、あってないような矜持も、自負心も、すべて捨てようと思った。

 そうでもしなければ、オリガとわかりあえない。

 ミハイルのほうこそ、努力をしなければならなかった。


 ここでの暮らしは、都と違う。

 ミハイルは、オリガに期待してもいいのだ。


 二人で支え合い、協力して暮らすために、今まで以上にオリガを大切にして、頑張ろうとミハイルは思った。


 ◇◇◇


 やっとのことで帰宅を果たす。

 ミハイルは「はあ~」と長い安堵の溜息を吐いた。ふわりと、白い息が漂い、すぐに消えた。

 怪我もなく、無事に帰って来られたことを、神に感謝した。

 体はすっかり冷え切っている。

 犬は小屋に、馬は厩に連れて行き、頑張ってくれたと労う。

 その後、オリガと共に武器庫に銃とナイフを置きに行った。

 一緒に手入れをして、外に出る。

 二人共無言であった。

 先ほどの抱擁を思い出して、気まずいという部分もある。

 しかし、このままではいけない。そう思って振り返りながら声をかけた。


「よし、オリガ、風呂に入るぞ」


 まずは体を温めなければ。

 そう思って声をかけたら、角灯に照らされたオリガの表情は驚きに染まっていた。


「入らねえの?」


 先に食事のほうがよかったのか。

 ならば、そうしようかと言おうとした刹那、オリガは戸惑うような表情でとんでもないことを口にした。


「夫婦は、一緒に風呂に入るのだろうか?」

「は?」


 オリガは勘違いをしていた。一緒にお風呂に入ろうと誘われたのだと。

 ミハイルは大声で否定をする。


「そ、そういう意味で言ったんじゃねえよ」


 叫ぶのと同時に、風呂場小屋の上に積もっていた雪が、ドサリと落ちた。


 ◇◇◇


 風呂に入って、体は温まった。

 時刻は夕食と言ってもいい時間帯であったが、オリガとミハイルは遅い昼食を取った。


 スープを飲んでいると、体の芯まで温まる。

 パンは少し硬すぎたか。若干、顎が疲れてしまった。

 オリガはいつものとおり、美味しいと言いながら食べていた。


 食後は食器を洗い、二人で手分けをして掃除をする。

 いつもの日課であった。

 今日は獲物の解体をしなくてもいいので、早い時間帯に暇を持て余す結果となった。


 一日の仕事が終わったら、居間でのんびりと過ごす。

 ミハイルはいつも薬師から借りた本を読み、オリガはナイフを研ぐ。


 しかし、今日は違った。

 ミハイルはオリガに声をかける。


「なあ、オリガ。話をしたい」


 向かい合ったオリガに声をかける。コクリと頷いたので、隣に座るように、長椅子をポンポンと叩いた。

 ミハイルの希望通り、オリガは隣に腰かける。


「話とは?」

「いや、まあ、うん……」


 伝えたいのは、ミハイルのほしいものについて。

 しかし、直接口にするのは、相当恥ずかしいものだった。

 けれど、言わなければ。再度、すれ違ってしまい、今日みたいな騒ぎが起こる可能性だってある。

 ミハイルは腹を括った。


「俺の、ほしいものについてだが……」


 オリガはミハイルの膝の上にあった手に、自らの指先を重ね合わせた。

 そして、優しい声で話す。


「二人で頑張って、手に入れよう」

「あ、いや、それは違うというか、そのとおりだというか」

「?」


 オリガは首を傾げている。

 ゴホン! と一度咳払いをして背中をピンと張ると、アイスブルーの美しい目を見ながら話しだす。


「俺が望んでいたのは――オリガの信頼だったんだ」

「え?」

「その、なんだ。もっと頼ってほしいとか、仕事を任せてほしいとか、悩みを相談してほしいとか、そういうやつ」


 オリガは目を見開いて、驚いていた。


「これは金じゃ買えねえ。口にしたからといって、手に入るもんでもない。だから、言わなかったし、直接本人に言うのは、違うような気がして……」

「そうか。そう、だったのか」


 なんとも言えない、気まずいような、気恥ずかしいような雰囲気となる。

 ミハイルは顔を真っ赤にしながら、それを隠すように頭を抱えて唸るように言った。


「……忘れてくれ。今すぐに」

「いや、そんなことは」


 ここで、オリガの思いも語られた。


「逆に私は、ミーシャに頼ったらいけないと思っていた」

「なんでだよ」

「私達を繋ぐのは、利害の一致という契約で、頼り過ぎたら、それが負担となってここを出て行ってしまうのではと、考えていた」


 なので、ミハイルに毛皮の加工のすべてを頼もうとしなかった。

 ただでさえ、炊事、洗濯、買い物に犬や馬の世話など、家のことはミハイルが完璧にこなしてくれるのだ。これ以上望むものはないと。


「俺、他の毛皮の加工はしなくてもいいと言われた時、突き放されたように思ってしまったんだ」

「そんなつもりはなかった。ミーシャは十分、頑張っていたから、これ以上望むのは、我儘だと思ったから」

「これも、聞かねえとわからねえことだな」

「ああ。まさか、勘違いをされていたとは」


 だから、二人の間には、会話が必要だった。


「俺、按摩の仕事を覚えて、一人前になって、家計も助けられるようになったら――」


 オリガに言いたいことがある。

 勇気を出して、そう告げた。


「それは、今言えることではないのか?」


 ミハイルは頷く。

 体も心も、未熟である今現在は口にできる言葉ではない。

 きちんと成長したあとで、オリガに言おうと思った。


「悪いことじゃねえから。たぶん」

「わかった。楽しみにしていよう」


 オリガの添えていた手に、ミハイルはもう片方の手を重ね合わせた。


 こうして、夫婦はまた、新しい一歩を踏み出した。


 これからは互いに信頼し、穏やかな毎日を過ごそう。

 話し合い、決意を交わしたばかりなのに、想定外の事態が襲ってくる。


 今日はいつも以上に風の強い日であった。ゴウゴウと音が鳴り、家を軽く揺らしていた。

 それだけだったらよかったのだが――ふいに、突風のような荒々しい風が家の壁にぶつかってくる。

 棚にあった皿は落ち、パリンと音を立てて割れた。

 窓はガタガタと、激しく揺れている。

 家は左右に揺れ、木材が軋めき合う。

 オリガは素早く角灯の火を消した。それから、次なる行動に移そうとしたが――。


「危ねえ!」


 長椅子から立ち上がろうとしたオリガを、ミハイルが腕を引いて抱き寄せ、覆いかぶさるような姿勢を取った。

 丸太造りの家は、ミシミシと音を立てながら揺れる。

 もう一枚、皿が棚から落ちて割れる。台所からも、同様の音が聞こえた。

 しばらくすると風は止み、シンと静かになった。

 ミハイルはオリガに声をかける。


「……オリガ、もう大丈夫、か?」

「……」


 暗闇の中なので、目を凝らしてもオリガは見えない。

 手探りで顔のある位置を探り、頬に触れた。


「おい、どうかしたのか?」

「ん、いや、平気だ」

「そっか」


 安否の確認ができたので、オリガの上から退いて、テーブルの上にあったマッチを手に取る。

 やすりにマッチの先端を擦り合わせて点火させ、角灯に火を灯した。


 ミハイルはオリガを振り返る。


「なあ――」


 声をかけようとしたが、いつもと様子が違ったのでぎょっとする。

 オリガは長椅子に横たわった姿勢のまま、頬を赤く染めていた。

 ここで、先ほど自分がしたことを思い出す。

 オリガの行動を制し、力任せに押し倒したことを。

 もちろん、救出が目的なので、恥ずかしく思うことは何もない。けれど、オリガが恥ずかしそうにしているので、ミハイルも照れてしまった。


 幸い、お互いに怪我はなかった。

 しかし、ホッとしたのも束の間のこと。

 ドン! と音が鳴り、家が激しく揺れる。

 パラパラと、土のようなものが天井から落ちてきた。

 

「二階か!?」

「ああ、みたいだ」


 珍しく、返事をするオリガの声色にも、焦りが滲んでいた。


 凄まじい物音は、二階部分から。居間の上にあるのは、ミハイルの寝室である。

 いったい何が起きたのか。

 一応、オリガは短銃を手に取り、ミハイルはナイフを握った。


 慎重な足取りで階段を上がる。

 オリガは寝室の扉に耳を寄せた。特に、物音はしていない。


 ドアノブに手をかけたが、先ほどの衝撃で歪んでしまったのか開かない。

 振り返るオリガに、ミハイルはコクリと頷いた。

 オリガは扉から数歩離れ――左足を軸にして上半身を捻り、それを戻す勢いを足に込めて、渾身の蹴りを扉に与えた。


 扉は破壊され、床に倒れる。

 ミハイルはとんでもない蹴りだと驚いたが、それ以上にびっくりする事態が寝室に広がっていた。


 家の外にあった木が強風で倒れ、ミハイルの寝室の窓を突き破り、寝台を破壊していた。

 その様子を見て、ただただ瞠目する。


 破壊された窓より、北風がピュウピュウと吹いていた。


「おい、これ、どうすんだ?」

「修繕を頼まなければならない」


 建築関係の仕事は商人を介して依頼を出す。すると、数日後に派遣された大工がやって来る仕組みとなっていた。


「通いの商人、昨日来たばっかじゃん」

「そうだな」


 つまり、数日間は寝室がこのままになる。ミハイルが眠る場所は、当然ながらなかった。

 とりあえず、目の前の問題から目を逸らし、部屋を片付けることにした。

 まず、木を縄で縛り、これ以上侵入させないようにする。なかなか大きな木なので、家を破壊しかねない。


「明日、村の男衆に頼み込んで、木を外に出すしかない」

「だったら、俺がロジオンと知り合いのおっさんに頼みに行って来る。五、六人いたら、木も抜けるだろ」


 そんな頼もしい発言をするミハイルを、オリガはパチパチと目を瞬かせながら見ていた。


「なんだよ」

「いや、ミーシャはきちんと近所付き合いをしていたのだなと思って。そういうのはどうも苦手で……。冗談も、どういう風に返したらいいのかわからなくて……」

「いや、おっさん達、本当にしようもなくて、下品な話題でからかってくるから、オリガは相手にしなくていいと思う」


 気にするなと、背中をぽんと叩いた。


 その後、ガラスの破片を箒で掃き、窓から風が入らないよう、布を釘で打ち付ける。

 オリガが蹴破った扉も、布で覆った。

 これで、破壊された寝室の応急処置は完了となる。

 

 ここで、先送りにしていた問題を口にした。


「なあ、俺、どこで眠ればいいんだ?」


 布団は木に貫かれて、破れてしまった。寝台も真っ二つまでとは言わないが、それに近い形になっている。


「ミーシャ、一つ、提案なのだが」

「な、なんだよ」


 オリガよりじっと見つめられ、ミハイルはなんとも言えない気分になる。

 そして、提案はとんでもないものであった。


「寝室の修繕が済むまで、私と一緒に眠らないか?」

「え……一緒に眠るって、はあ!?」


 ミハイルは顔を真っ赤にしながら狼狽した。

 過去二回、オリガの部屋で休んだ記憶が甦り、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。


「い、いや、それは」

「駄目なのか?」

「ウッ……」


 ぜんぜん、まったく、駄目ではない。一緒に眠ってもいいと許してくれるのは、むしろ嬉しい。

 しかし、思うところもある。


「ミーシャどうした? 思うことがあるのならば、すべて話すと約束したのだろう? 嫌なら嫌と、理由と共にはっきり言ってくれ。そのほうが、腑に落ちる」

「い、嫌じゃねえけど」


 一番気になっていたことを、訊ねてみた。


「また、俺のことを子ども扱いにして、ホイホイ気を許しているんじゃねえだろうな?」


 問いただすと、オリガはフルフルと首を横に振った。

 そして、弁解するように言う。子ども扱いはしていないし、ただの他人にもこういう提案はしないとも。


「だったらいいけれど」


 しかし、オリガと眠るとなったら、いろいろと問題が生じる。

 そういう中で、眠れるのか疑問に思った。


「問題とは?」

「男が女と眠って問題なことなんぞ、一つしかないだろう」


 ミハイルにそう言われたオリガは顎に手を添えて、しばし考える人になる。

 そして、言いたかったことに気付いたのか、しだいに頬を赤く染めていった。


「わかったか?」


 オリガは気まずそうに、コクンと頷く。


「だったら、諦めて――」

「しかし、私はミーシャを寝かせるのが得意だ」

「……」


 そうなのだ。オリガは、寝かせつけが上手い。


「そういう気持ちになる前に、眠ってしまえば問題ないだろう」

「本当に、そう思うか」

「ああ」


 オリガは自信ありげな様子だった。

 どうしてこうなってしまったのだと、ミハイルは頭を抱える。


「オリガ、そんな風に簡単に言うが、間違いが起こったらどうするんだよ」

「その前に、ミーシャを寝かせる」


 それは、挑戦のように聞こえた。

 アイスブルーの目は、絶対の自信の色に染まっていた。


「つーか、あんた、男について、よくわかっていないで言っていないか?」

「いや、きちんと教育は受けている。薬師の奥方が教えてくれた」

「そうかよ」


 ミハイルは自棄になって、勝負を受け入れる。


「わかった。もしも眠るのに失敗したら――」

「ああ、好きにするといい」


 二人は謎の勝負をすることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。