【9】
少し話してみよう。
「何から話そうか」
子供たちから少し離れた所にあぐらをかいたそいつの横に識き目。その隣に俺が座った。天井の暗い海の中に折り鶴が一羽ずつ飲み込まれていくのを見つめながら、ぽつりとそいつは話し始めた。
名前は知らない。気づいたら存在していたという。
川に魚を釣りに来ていた男に拾われた。川べりの大きな岩の横で眠っていたらしい。
名前を聞かれても名前は知らないから答えられない。というか、どう伝えたらいいのか。男のように音を出そうとしたが出来なかった。
男をじっと見つめたまま困っていると、男はニッと笑ってそいつを抱き上げて家まで連れ帰った。
その男には身重の妻に4つと5つの息子、それから男の母親がいた。突然連れてこられた知らない子どもに驚いたものの家族は受け入れてくれたという。
家族が話す内容は分かる、真似して音にしてみると次第に話せるようになった。
呼び名に困った家族が名前をくれた。川の横で寝ていたからカワネ。
かわね、かわね。口にしてみると響きがいい。気に入った。
穏やかで楽しく過ごすカワネだったが、困り事が出来た。
どうやら自分は人間じゃないと分かってきたからだ。
カワネが来た頃はまだ生まれてもいなかった末の妹は5つになった。年頃になるはずのカワネはこの家にきたままと変わらない子供の見た目のままだった。
男も家族も薄々気付いてはいるが、はっきりと口にはしない。居心地の悪さを感じたカワネは男の母にぽつりとこぼした。おばば、私は人間じゃないかもしれない。少し目を見張ったおばばはくすっと笑って言った。
知っとった、知っとった。驚くカワネに多分あんたはあやかしとかそういう類の生きもんだ。あたしらみたいに年はとらんだろう。
そっか、と戸惑うカワネに自分も家族もそんなことは気にしてない。何かの縁で出会って折角家族になったんだからカワネの好きなだけ家にいてくれて良い。嬉しかった。
家族はカワネを守りながら暮らしていった。末の妹の孫娘が3年前に老衰で亡くなるまで。亡くなる間際に、孫娘はカワネに言った。ひとりにしてごめんね。
孫娘は未婚で子供がいなかった。ほかの家族ももういない。
冷たくなっていく手を握りながら動けなくなった。どんどん頭が重くなる。
気付くとカワネは、男と出会ったあの岩の横で寝ていた。
ぼんやりしたまま起き上がると、こちらを見てい子供に気付く。
「…だ、だいじょうぶ?」
「…大丈夫」
その時カワネは思った。家族が欲しい。ひとりは嫌だ。
「…だから子供が欲しいのか?家族って…きみが」
「カワネ。カワネって呼んでいい」
識き目と似ている瞳がじっと見ている。
「カワネに子供育てられるの?」
「…おい」
「子供が子供は育てられない。聞きたいのってそこでしょ?」
ま、そうだがもうちょい聞き方があるんじゃ…、まぁ、
「識き目の言う通りだ。今の世の中で、子供が子供を育てるってのは難しいぞ。カワネが実際には子供じゃなくてもな」
「それなら問題ない」
「は?」
鈴のついたあの楽器みたいな道具をシャンシャンと振るとグニャンとカワネが歪む。水槽の中の水草みたいにゆらゆら揺れ、次第に揺れがおさまると20代半ばの女性の姿になっていた。
「…あ、まぁ、それなら。いや、それでも良くないと思うんだが」
どうなってんの、それ?とカワネの鈴に興味津々の識き目を止めようとしていると、
「心配は分かる。おばば達と暮らしてきて守らなきゃいけないこと、いっぱいあるって知ってる」
折り鶴が上っていくのを見つめた後、こちらを見るカワネの決意は固いようだ。
「降りてきた子は必ず大事に育てる。……子供たちの力を勝手に借りるのは良くなかった。でも、この方法しかなかった」
子供たちは無事に返す、と。やり方は良くないと分かっているが止める気はないんだな。「何でそんなに子供が欲しいの?誰か家族が欲しいなら子供の姿でいれば保護してもらえて養子になることもできるんじゃない?」
まだ鈴に触ろうとしている識き目を引きはがして座ってろと目線をおくると、不服そうだが隣に落ち着いた。
「…わたしの家族はおばば達だけ。家族はみんな死んだ。他の人間じゃ家族になれない」膝上で鈴を握りしめ俯くカワネに何か声を掛けようとし時、天井の方から音が鳴った。
リーン、リーン。キラキラした粒子のようなものが次第に増えていき金色へ。ゆらゆらと波打つその水面から折り鶴が勢いよく戻ってきたグルグルと螺旋を描きながら子供たちの中央に降りてくると床に落ちた瞬間にバッと紙吹雪のような形状になり積もっていく。赤いその紙吹雪の山に最後の折り鶴が降りてくると全体が淡い金色に光り、まるで呼吸しているようにゆっくり明滅しだした。
「…迎えに行かなきゃ」
陣の方へ向かうカワネ。光の壁を通り明滅するその固まりの前に膝をつくと持っていた鈴の柄の方を引っ張る。柄が外れると5cm位の小刀が出てきた。それを躊躇いなく左の手のひらに突き立てる。
「…っ!!」
「大丈夫だよ。智」
カワネの左手から透明な大きめのビー玉みたいな塊がひとつ出てくる。それを両手に載せフーッと息を吹きかけた。淡く白く光りだしたそれを金色の塊の中にそっと落とすとパッと真っ赤に色が変わる。
リーン、リーン、リーンと今までで一番大きく音が鳴り、天井で波打っていた金色の水面が大きな球体に形を変え真ん中の塊の上に落ちていく。
ぶつかった瞬間に降ってきた塊は消え、下にあった塊が小さくなった様に見える。
年輪の様に赤く光っていた床は真ん中から外側へ、さあっと消えていく。
光の壁も天井側から下へさらさら消えていくと、中にいた子供たちを保護していた光が一瞬強く光る。
次の瞬間には何か小さな塊を抱きかかえたカワネを残して子供たちは消えていた。
「……成功したみたい」
「……あぁ」
「……ゃあ………ふ、…ぁあ」
小さく泣き声が聞こえる。
大事そうにその子を覗き込んでいたカワネがこちらを見る。
「…小さい。生きてる。わたしの家族」
泣いているような、微笑んでいるような。
識き目とよく似た目元が少し潤んでいるように見えた。
ここまでご覧頂きありがとう御座います。次がラストです。後は、小話を2つぐらい考えてます。




