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第2話「第34層、剣は10回まで」


──────────────────


 今日の縛りは「剣の使用、10回以内」。

 対象層は第34層。

 タイムアタックなし。今日も確認だ。


 10回という数字は、昨日の第21層を振り返って決めた。

 1%縛りでは、剣を一発しか使えなかった。一発で仕留めた。だから足りた。

 では最初から「10回まで」と決めたら——使い方の設計が変わる。

 剣を振ることの意味が、1%縛りより複雑になる。


 使わない時間をどう埋めるか。それが今日のテーマだ。


 記録帳に条件を書いた。

 冷蔵庫の裏の扉に手をかけた。


 前衛、準備よし。


──────────────────


◆第一章「金属の海」


 第34層の扉を開いた瞬間、視界が光った。


 液体金属だ。

 水平線まで、全部が銀色に輝く液体金属の海だった。粘性がある。波紋が非常に緩く広がる。表面張力が高く、水より重い。においがある——高温の金属と、硫黄に似た何かが混ざっている。


 足場はいくつかの「孤島」として存在していた。

 直径10メートルから50メートル程度の、硬化した金属の塊。海面から突き出た岩礁のように並んでいる。島と島の間は10メートルから100メートル。


 重力が、斜めにかかっていた。


 正確には——液体金属の海面が「重力の最低点」として引力を発していた。海の方向に引っ張られている。垂直の重力ではなく、海面に向かう斜め下方向の引力だ。孤島の上に立つと、常に足が海側に引っ張られる感覚がある。


 この世界線の重力は、海の金属に支配されている。


 捕食の地図が展開を始めた。


 第34層の住人が、液体金属の海の中から現れた。



◆第二章「群れと司令」


 一体が海面を割って出てきた。


 小さい。全長30センチ程度の、金属質の四脚生物だ。骨格が透けて見える——外見は金属だが、構造が骨格に似ている。関節がある。可動域が広い。動きが素早い。


 二体出てきた。

 五体。

 十体。


 数が増え続けた。

 最終的に、視野の中だけで、数えるのをやめた。少なくとも200体はいる。


 捕食の地図が「司令個体」を指し示した。


 海の中。液体金属の表面から3メートル下。動いていない。海中で静止している個体がある。サイズが違う——全長2メートル。他の個体の10倍以上。動かない代わりに、周囲の小型個体が整列を保つように動いている。


 集団行動をしている。司令がいる。

 司令を仕留めれば、群れが崩壊する——解体図はそう言っている。


 問題は二つだ。


 一つ目。司令は海中にいる。液体金属の中に直接入ると、金属化が始まる。接触すると金属化が進む特性を、この世界線の住人は持っている。つまり液体金属に潜るのは、最後の手段か、あるいは絶対に避ける選択肢だ。


 二つ目。剣は10回まで。


 200体の群れに10回で対応しながら、司令を海中で仕留める。


 私は孤島の上に立って、最初の攻撃が来るのを待った。



◆第三章「雷霆と、9回の温存」


 群れが動いた。


 先頭の20体が孤島に向かって走ってきた。液体金属の海面を走っている——足が金属だから、表面張力を利用して走れるらしい。速い。


 私は剣を生成しなかった。


 代わりに、右手を空に向けた。


 雷霆召喚。


 空間を問わず発生する天雷が、先頭の20体を貫いた。音はなかった。光があった。金属生命体の骨格が、内部から過熱されて、爆ぜた。


 消えた。


 魔法だ。剣ではない。剣の使用カウントは、まだゼロだ。


 残り180体以上が、動きを止めた。


 一秒。

 また動いた。今度は方向が変わった。孤島を三方向から囲むように迂回している。囲い込もうとしている。


 学習している。正面からの突撃が有効でないと判断した。


 面白い。と思った。


 私はその動きを待った。三方向に分散した群れが、それぞれ孤島の端まで来た時点で——


 もう一度、雷霆召喚。


 今度は三方向同時。三つの落雷が三つの群れを貫いた。

 一度に50体ほどが消えた。


 残りが海に戻った。液体金属の中に潜った。


 静かになった。


 私は孤島の中央に立って、液体金属の海を見た。


 海面に波紋が広がっている。微細な動きが、液体金属の粘度の変化として伝わってくる。潜った個体が移動している。位置がわかる。


 司令個体が動いた。


 海中3メートルから、5メートルに下がった。私から離れた。


 待っている。群れを使って私を消耗させる戦術を取っている。

 あるいは——液体金属の金属化特性を使って、私が海に入るよう誘導しようとしている。


 私は入らない。海に入るのは最後の手段だ。


 ではどう司令に届けるか。


 私は10回の剣の使い道を考えた。



◆第四章「10回の設計」


 計算した。


 群れの残存数は推定130体前後。海中にいる。

 司令は海中5メートル。静止している。


 選択肢は三つ。


 一つ目——引き続き雷霆で群れを消耗させ、司令が浮上してくるのを待つ。

 問題:司令が自ら浮上する保証がない。時間がかかる。今日はタイムアタックではないが、効率が悪い。


 二つ目——幻影剣を海中に向けて投擲し、司令を貫く。

 問題:液体金属の中を剣が通過する間に、金属化の影響を受けて軌道が変わる可能性がある。精度が落ちる。これは剣の1カウントを使う。外れたら意味がない。


 三つ目——群れを全部消滅させた後、司令が自分の位置を隠す必要がなくなった状態で、正確に位置を確認してから撃つ。

 問題:群れを全部処理するのに、雷霆の魔力をどれだけ使うか。


 私は三つ目を選んだ。


 理由は単純だ——司令を外した場合の損失が大きすぎる。剣1カウントで外れたら、10回の残りは9回になる。外すリスクを取るより、確実な状況を作ってから使う方が合理的だ。


 雷霆で群れを削り、司令の位置が海面の粘度変化でだけ追えるようになったら——海面すれすれに剣を沈め、司令のいる位置まで滑らせる。


 「滑らせる」という発想が来た。


 投擲ではなく、液体金属の表面に沿って剣を走らせる。金属化の影響を受けるが、表面張力に乗せれば軌道が安定する。海面という「レール」を使う。


 これなら精度が上がる。剣が金属化されたとしても、1カウント以内で処理できる。


 方針が決まった。



◆第五章「予定外の来訪者」


 群れへの雷霆を続けていた時、背後から声がした。


 「……あら?ここはどこかしら?」


 振り返った。


 扉の前に、茶と白の装いをした人物が立っていた。

 彷徨だ。大きな地図を持っている。地図は上下逆さまだ。


 「彷徨」と私は言った。


 「まあ、摩天ちゃん!よかったわ、お顔がわかる方がいらして」と彷徨が言った。ほんわかした声だ。「私、第34層への配達の予定があったのですけど、扉を開けたら金属の海が広がっていて……ここ、第34層ですわよね?」


 「そうだ」


 「やっぱり!ではここで合ってましたのね。あらあら、よかった……」


 彷徨が少し周りを見渡した。群れの残存個体が海の中でうごめいているのを見て、「まあ、にぎやかですこと」と言った。特に怖がっていない。


 「……何を届けに来た」と私は聞いた。


 「摩天ちゃんのお弁当を秩序ちゃんからお預かりしていまして。『長時間の潜入になるようなら持っていくように』とのことでした」


 彷徨が風呂敷包みを取り出した。においがする。弁当だ。


 私は少し考えた。


 「後でいい。今は脇に下がっていてくれ」


 「はあい」と彷徨が言って、孤島の端に移動した。地図を広げてまた眺め始めた。地図は依然として上下逆さまだ。



◆第六章「表面張力の剣」


 群れを雷霆で削り続けた。


 30分かかった。

 最終的に、群れの残存個体が海面に姿を消した。全部、海中に引っ込んだ。


 残ったのは司令個体だけだ。

 位置は海中8メートルに下がっていた。さらに遠ざかっている。


 液体金属の粘度変化から、司令の正確な位置を計算した。

 孤島から水平距離35メートル、海中8メートル。


 私は幻影剣を生成した。剣カウント1。


 剣の強度を最大にした。エンチャントを乗せた。刃の厚みを薄くして、液体金属の表面を滑る形状に変えた——板状に近い、薄くて幅広の剣だ。通常の幻影剣とは形が違う。


 液体金属の表面に向けて、斜め下方向に打ち込んだ。


 剣が海面に触れた瞬間、表面張力が剣を受け止めた。沈まず、海面を滑り始めた。


 滑走した。


 液体金属の重力に引かれながら、海面を走った。距離35メートルを0.3秒。海面との摩擦で速度が落ちる前に——剣が司令のいる真上に達した時点で、角度が変わった。


 重力が引き込んだ。


 剣は垂直に、海中8メートルの司令に向かって落下した。


 液体金属の中を貫いた。


 司令個体が、動かなくなった。


 海面の粘度変化が消えた。群れの残存個体が、方向を失ったように海中で散開し始めた。まとまりが消えた。


 剣カウント1。終わった。


 私は使用した剣カウントを確認した。1回だ。

 計画では「最後の1回」として設計していたから、そうなった。


 9回が残ったままだ。


 その事実を、少し考えた。


 9回使わなかった。必要がなかったからだ。でも——9回を使わなくて済む状況を作るために、雷霆を使い続けた。魔法で時間を買った。剣1回を精度高く使うために、他の全てを動員した。


 これが今日の確認だ。


 「剣を10回使う」のではなく、「剣を1回で仕留める状況を9回分の時間をかけて作る」——それが10回縛りの本質だった。



◆第七章「弁当と記録」


 彷徨が近づいてきた。


 「終わりましたの?」とほんわかした声で言った。地図はまだ持っている。


 「終わった」


 「まあ、あっという間でしたわね」と彷徨が言った。「私、ずっと地図を見ていたのですけど……」少し眉を寄せた。「あらあら、この地図、第34層が書いてありませんわ。摩天ちゃん、地図をお持ちでしたら少し見せていただけますか?」


 「持っていない。全部頭に入っている」


 「まあ!」と彷徨が目を丸くした。「どの層も全部ですの?」


 「そうだ」


 「すごいわあ……私、一歩歩くたびに来た道を忘れてしまいますから、そういう方がいらっしゃるというのが、なんだか不思議ですわ」


 彷徨が風呂敷包みを差し出した。


 受け取った。結び目を解いた。米の弁当だ。秩序が用意したらしい。摩天が好む食事量が計算されている。丁寧な仕事だ。


 「ありがとう」と私は言った。


 「いいえ。お届けできて良かったですわ」と彷徨が言って、また地図を広げた。「……あら。出口はどちらでしたかしら?」


 「扉は来た方向にある」


 「まあ。来た方向が、どちらでしたか……」


 私は扉の方向を指した。


 「ありがとうございます!ではまた、迷いましたらよろしくお願いしますわ」


 彷徨が歩いて行った。扉に向かってまっすぐ進んで、そのまま扉を開けて、帰って行った。


 今日は迷わなかった。


 私は弁当を食べながら、記録帳を開いた。


 「第34層・剣10回縛り。達成。剣使用:1回。残余:9回。所要時間:約40分。司令個体を液体金属表面張力経由の滑走剣で撃破。群れ処理には雷霆のみ使用。特記:剣カウントを温存して状況を作る方が、10回全てを使うより有効だった。縛りの本質は『10回使うこと』ではなく『10回以内に仕留めること』だ。次回:剣1回縛りで同様の結果を出せるか試す」


 書いた。閉じた。


 液体金属の海が、静かに揺れていた。

 司令を失った群れの残存個体が、海中を目的なく漂っている。

 食材にはならない——司令との神経連結が切れた個体は、組織が急速に変性する。


 司令だけ持ち帰れば良かった。


 私は来た道を戻り始めた。


──────────────────

◇クルー視点モノローグ——彷徨

記録:第34層、金属の海。時刻不明。


 届けられましたわ。


 第34層に向かうとき、正直なところ、どこに出るかわかりませんでした。

 扉を開けたら金属の海で、少し驚きましたけれど、摩天ちゃんがいらしたので助かりました。


 摩天ちゃんは、全部の層の地図を頭に入れているのですって。


 私には理解できない感覚ですわ。地図を見ても、どうしても方向がわからなくなってしまいますの。でも——それが当たり前だと思っていたものですから、地図を必要としない方がいらっしゃるというのが、素直に驚きでした。


 摩天ちゃんが戦っている間、私は地図を見ていました。

 どこに何があるかは、結局わかりませんでした。


 でも、雷が三方向に同時に落ちた時、光がとても綺麗でしたわ。


 戦いというのは、こういうものなのかしら、と思いました。

 私が何かを届ける道は、いつも迷子になって、偶然たどり着く道ですから。

 摩天ちゃんが全部を計算して進む道とは、随分違う気がします。


 でも、どちらも「届いた」ことには変わりありませんわね。


 あら。

 出口、もう一度聞いてこようかしら……。


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