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第3話「第47層、時間制限5分縛り」


──────────────────


 今日の縛りは「5分以内に制圧を完了すること」。

 対象層は第47層。


 5分という数字の根拠はない。

 昨日の第34層で、群れの処理に30分かけた。効率が悪かった。

 縛りで時間を区切ると、解法の設計が変わる。自由にやると最適に見えて最速ではない。


 今日は「最速」を試す。


 記録帳に条件を書いた。

 冷蔵庫の裏の扉に手をかけた。


 前衛、準備よし。


──────────────────


◆第一章「時間の粘度」


 第47層の扉を開いた瞬間、足が重くなった。


 正確には——足ではなく、足を動かそうとする「意志」が重くなった感触だ。


 視界は広い。空間は十分にある。高さ30メートルはあろうかという天井、左右に広がる石造りの回廊、床には規則的な石畳。かつて文明があった世界線の残骸だ。建物の輪郭が残っている。柱の彫刻がある。ただし生命の気配がない。すべてが止まったまま残されている廃墟だ。


 動いてみた。


 一歩踏み出したら、二歩目までが遅かった。


 粘っている。


 空気ではない。動きそのものに抵抗が生まれている。正確に言うと——空間の「時間密度」が場所によって違う。この廃墟の各エリアに、時間の粘度の高低差がある。粘度が高い場所では一秒が引き伸ばされる。粘度が低い場所では一秒が圧縮される。


 つまり移動するたびに体感時間が変わる。


 試しに右に三歩、粘度が高いエリアへ進んだ。

 歩幅は同じ。でも三歩に体感で10秒かかった。


 左に戻った。粘度が低いエリアへ。

 三歩が体感で0.5秒だった。


 外部から計測すれば同じ時間のはずだ。でも私の体感では差がある。


 捕食の地図が展開し始めた。


 第47層の住人が現れた。


◆第二章「三つの時間を持つ獣」


 天井から降りてきた。


 巨大な翼だ。翼幅が50メートルを超える。鳥に似ているが鳥ではない。翼の表面が幾重にも重なった膜で構成されていて、その膜の一枚一枚が異なる透過率を持っている。光が膜を通るたびに屈折の角度が変わる。


 降下してくる存在が、ぶれて見える。


 ぶれ方が不規則だ。輪郭が定まらない。三重に重なって見える瞬間がある。


 捕食の地図が解体図を展開した。


 「現在」「3時間前」「6時間後」の三つの時間軸が、この個体の中に同時に存在している。

 私が見ているのは「現在の個体」だが、攻撃が届く時には「攻撃を受けた後の個体」がすでにそこにいない可能性がある。6時間後の個体が既に回避した後の状態でここにいるから——今から撃った攻撃は当たらない。


 三つの時間軸全てを同時に解体しない限り、消滅しない。


 問題は、三つの時間軸の「解体図上の正解位置」がそれぞれ違うことだ。


 現在の個体:左翼の付け根、第三膜と第四膜の境界に亀裂を入れる。

 過去の個体(3時間前):頭部背面の神経節、右から3センチ。

 未来の個体(6時間後):腹部中央、時間密度の変化が最も大きい点。


 三か所を同時に断てば消滅する。

 一つでも外れれば三つとも無効だ。


 時間は5分。

 今、残り4分47秒。


◆第三章「三重解体図の展開」


 私は走った。


 粘度の低いエリアを選んで走る。廃墟の床に刻まれた石畳のパターンが時間密度のマップになっている。粘度が低い石畳は色が薄い。粘度が高いものは色が濃い。


 捕食の地図が三つの解体図を同時に視野に展開した。


 三重の解体図が重なって見える。

 現在の輪郭を赤で。

 過去の輪郭を青で。

 未来の輪郭を金で。


 赤・青・金が重なって、三つの攻撃点が視野の中で動いている。


 翼が広がった。

 空間制圧をかけてくる——翼の膜が振動して時間密度の波を発生させた。


 波が来た。


 粘度が急激に上がった。私の体感時間が引き延ばされる——一秒が三十秒に感じる領域に入った。


 これが攻撃だ。

 時間密度を操作して相手の動きを鈍らせる。


 私は一瞬で計算した。


 引き延ばされた時間の中で、思考速度は落ちていない。体の動きが遅くなっただけだ。

 逆に言えば——思考する時間が増えた。


 三つの攻撃点の動線を計算した。

 現在の個体の赤い点は左翼付け根。

 過去の個体の青い点は頭部右。

 未来の個体の金の点は腹部中央。


 三点を結ぶ動線を引いた。

 一筆書きで三点を通る軌道がある。左翼付け根→頭部右→腹部中央。

 距離にして合計12メートル。時間密度の高い環境で12メートル動ける速度が必要だ。


 完全強化モードを起動した。


◆第四章「完全強化モードと光の動線」


 完全強化モード、起動。


 強化・幻影剣・リジェネ・透明化・短距離テレポート・反射バリアが全部同時に展開した。


 体が変わった。


 重力が薄くなったような感触。時間密度の波の中にいるのに、体の引き延ばされる感覚が消えた。強化魔法が体感時間の圧迫を物理強化で補っている。完全強化モードの「肉体神格化」水準に近い状態——時間が遅くても体が速く動く矛盾を、純粋な出力で押し切っている。


 幻影剣を三本生成した。


 一本目を右手に。

 二本目を左手に。

 三本目——魔力でコントロールして空中に浮かせた。


 三本同時使用。

 短距離テレポートで移動しながら、三点を一動作で断つ。


 タイミングを計算した。


 翼の個体が次の時間密度波を発生させるまで、2.3秒ある。

 その間に12メートルの動線を走りきれる。


 残り時間4分21秒。


 私は動いた。


 透明化を発動したまま、粘度の低い石畳を選んで走った。足音を消した。時間密度の薄いルートだけを踏んで移動する——色の薄い石畳をジグザグに繋ぎながら、左翼付け根へ向かう。


 10メートル。8メートル。5メートル。


 距離3メートルの位置で短距離テレポートを発動した。


 一瞬で左翼付け根の真横に出た。

 透明化したまま右手の幻影剣を振った。


 一撃目。


 解体図の通りの角度で、第三膜と第四膜の境界に入った。赤い解体図が消えた。


 同時に短距離テレポート。

 頭部背面へ。距離4メートルを瞬間移動。


 二撃目。


 左手の剣が頭部右側の神経節を断った。青い解体図が消えた。


 空中に浮かせた三本目の剣を、魔力で操作した。

 腹部中央へ向けて加速させた。


 三撃目。


 金の解体図が消えた。


 静かになった。


◆第五章「粘度の消えた空気」


 時間密度の波が止まった。


 廃墟の空気から粘度が抜けた。一秒が一秒に戻った。


 翼の個体が、ゆっくりと崩れていった。

 三つの時間軸が同時に断たれたことで、「存在の継続」の根拠がなくなった——現在も過去も未来も解体されれば、「今ここにいる」ための基盤がない。


 崩れながら、膜が光を散乱させた。

 三つの時間軸がそれぞれ別の色で輝いた。赤、青、金。三色が交差して、一瞬だけ廃墟が照らされた。


 綺麗だ。と思った。


 食材として有効かどうか確認した。

 翼の膜組織——時間密度の調整機能を持つ素材。使い道がある。


 マジックバッグを開いた。


 神秘魔法で圧縮した空間収納だ。通常の体積の数千分の一に物質を畳んで格納できる。中には既に第21層の白組織と第34層の司令個体核の切片が入っている。今日の翼膜を加えた。


 翼膜は軽い。密度が低い。でも面積が広い。畳むと手のひらサイズになった。


 収納を閉じた。


 記録帳を開いた。時刻を確認した。


 残り時間は3分09秒。


 5分以内を達成した。


 私は廃墟を少し見渡した。

 石畳のパターン。時間密度の差。この世界線では、時間そのものが「地形」だった。

 地形を読む感覚で時間を読んだ。そういう戦いは初めてではないが、今日は特に鮮明だった。


 ここに人間がいたのだろう。

 建物がある。柱に彫刻がある。床に石畳が整備されている。

 誰かが作った。


 彼らはこの時間密度の差を「自然の地形」として扱っていたのかもしれない。粘度の高い場所には行かない。粘度の低いルートを道にする。そういう文明の設計がある。


 食材の価値という観点で言えば、翼膜の時間密度調整機能が何かに使えるかもしれない。厨房に持ち帰って夢幻あたりに成分を確認させれば用途が見えてくる。


 私はもう一度廃墟を見た。


 粘度が抜けた今、この場所は静かだ。

 住人も消えた。時間密度の揺らぎも止まった。

 ただ、石畳の色の差だけが残っている。濃い場所と薄い場所。かつての時間密度の地図。


 誰も読まなくなった地図だ。


 私はそれ以上何も考えないことにして、扉に向かった。


──────────────────


◆帰還後の廊下


 扉を抜けたところで、声がした。


 「ジャジャーン!」


 反射的に振り返った。


 廊下の壁際に、黒と茶の装いをした人物が立っていた。冥理だ。

 両手を広げて、パフォーマンスのポーズを取っている。帽子を被っている。


 「見てたよ! 見てたよ! 三本同時って——タネも仕掛けもないの!? あれ!?」


 冥理が興奮した様子で近づいてきた。


 「……どこから見ていた」と私は聞いた。


 「扉の隙間! 少し開けたら中が見えて——」と冥理が言って、帽子から小さな望遠鏡を取り出した。「これで拡大してたの! タネも仕掛けも——あっ、これは仕掛けがあるわね。望遠鏡があるから」


 「次から見る前に一声かけてくれ」


 「ごめんね! でも声をかけたら縛りの邪魔になるかもしれないと思って!」


 冥理が望遠鏡を帽子の中に戻した。帽子の中が四次元になっている。どこに格納されているかわからない。


 「あのね、一個聞いていい?」と冥理が言った。少し真剣な顔になった。


 「どうぞ」


 「三本同時に当てる動線、最初から全部見えてたの? それとも動きながら決めた?」


 私は少し考えた。


 「両方だ」


 「両方?」


 「動線の概形は最初に計算した。でも実際に動きながら、時間密度の変化に合わせて微調整した。設計と即興が両方ある」


 冥理がしばらく黙った。


 それから「それって——」とゆっくり言った。「手品と同じだよ」


 「そうか」


 「手品もね、事前に全部設計してるけど、お客さんの反応に合わせて即興で変えることがある。設計通りに動いたら失敗する時もあるから」


 私はその言葉を少し考えた。


 「……お前が手品を設計する時、どこまで計算しているんだ」


 冥理が目を丸くした。


 「え、私に聞く? 初めて聞かれた!」と冥理が言って、少し嬉しそうな顔をした。「うーんとね——最初は全部計算しようとするの。どこでどう動いてどこに目線を誘導して。でも計算しすぎると面白くなくなる。だから最後の1割くらいは計算しない。そこが一番面白いから」


 「計算しない部分が面白いのか」


 「計算してないところで、本当のことが起きるから!」


 冥理がそれを言って、また帽子を取って一礼した。


 「今日は見せてくれてありがとう! また見てもいい?」


 「一声かけてくれれば」


 「絶対かけるよ! ジャジャーン!」


 冥理が廊下を歩いて行った。途中で帽子を上に投げて、落ちてくる前に消した。どこへ行ったかわからない。


 私は記録帳に追記した。


 「帰還後、冥理と会話。計算しない部分が面白いと言っていた。検討の余地あり」


──────────────────

◇クルー視点モノローグ——冥理

記録:第47層、帰還後の廊下。


 見ちゃった。


 望遠鏡で見てたから全部バレてるけど——三本同時はタネも仕掛けもないと思った。


 私の手品は全部、タネか仕掛けかどちらかがある。

 真意ちゃんはいつも「タネも仕掛けもあります」って言って論破してくるけど——本当のことを言うと、たまに「タネも仕掛けもない」ことが起きる。でも意図してないから再現できない。


 摩天ちゃんの三本同時は、タネも仕掛けもなかった。

 全部の動きが根拠を持っていた。でも根拠があるのに、見てる側には「なぜそれができるのか」がわからない。


 それが一番かっこいい手品だと思う。


 「種がわからない」じゃなくて「種があることはわかるのに、種の使い方がわからない」手品。


 摩天ちゃん、本人は手品のつもりじゃないだろうけどね。


 でも——「計算しない1割」の話をしたら、摩天ちゃんが「検討の余地あり」みたいな顔をしてた。


 あの人、すごく真剣に考えてた。


 ちゃんと聞いてもらえたのが、少し嬉しかった。


 ……次また見ていい?って聞いたら「一声かけてくれれば」って言ってくれた。


 ジャジャーン! これは——まあ、タネも仕掛けもない嬉しさだよ。


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